Cool Sweet Honey!

太壱編―8―

――最近のひかるはどこかおかしい。というよりも、僕への態度限定でおかしいといったほうが正しいのかもしれない。バイト中、ひかるは僕と話そうともしないどころか、目を合わせようともしない。僕の側から出来る限り離れようとする素振りを見せる。それでも僕は何とかしてひかるに接触しようと思ったけれど、高野さんに引き止められた。拒絶することもできないまま、ひかると話をできないことに苛立った。
理由はわからないけれど、ひかるは僕を避けようとしているし、ため息の数も多くなっていた。それでも二人のときや大学にいるときは僕と話してくれるから、気のせいかとも思っていたのだけど・・・。

「なあ、最近ひかるちゃんなんかあったの?」

バイト先の先輩である、一つ年上の斉藤さんが僕に問いかけてきた。キッチンで動きながら、普通の世間話のように斉藤さんから出された話題に僕は一寸動きを止めた。それは、ちょうど僕が疑問に思っていたことだったから。

「・・・どういうことですか?」
「いや、ちょっと彼氏でもできたのかなって思ったんだけど・・・太壱は知らね?」
「彼、氏?――まさか」
「あー、そうなの?じゃあ普通に恋してるのかなー」
「恋?ひかるが?どういうことですか、斉藤さん!」
「ちょ、太壱、熱くなるなよ。いや、たださ・・・最近のひかるちゃん、物思いにふけってる感じしないか?だから恋わずらいかな〜と・・・。あ、それとも相手は太壱?なんか心当たりはないわけ?」
「心当たりなんて・・・。僕たちの間で何かが変わるなんてこともなかったし・・・そもそもひかるが恋なんてありえません」
「何でありえないって思うわけ?大学なんて出会いはいっぱいあるだろうしさ、普通に恋くらいするんじゃない?」

――ひかるが恋。斉藤さんは何も知らないからそうやって簡単に言うんだ。ひかるがどれだけ「男」を軽蔑して、恋愛に嫌悪感を抱いているか知らないから。ひかるが簡単に男を好きになるはずがない。僕が何年も側にいて彼女に思いを伝え続け、それでも彼女を振り向かせることができないのだから、ありえない。
ひかるは確かに何か悩んでいる。だけど悩みの種が「恋愛」だなんて安直過ぎだ。たとえそれが一般的には妥当な推測だとしても。僕は斉藤さんの推測を頭から閉めだした。――僕は信じない。ひかる好きな奴ができた、しかもそれが僕以外の男だなんて認めない。
それはある種の願望が入り混じりながら、僕は彼女が「恋愛」に悩んでいるわけではないと思っていた。斉藤さんの言葉を聞き流して、このときは「ありえないことだ」と信じていたのだ。




***



ひかるが恋をしているという可能性を否定しながら、僕はひかるになにをしたのかと考え込んでいた。2限が少し早く終わって友達と合流すべく学食に向おうとしたとき、突然声をかけられた。

「あー、二ノ宮さん!!」
「高野さん・・・?」
「わぁ、すごい。本当に大学で会えるなんて!」

高野さんがなぜ大学にいるんだろう。疑問に思いながらも、そういえば、とやっと思い出した。彼女も僕たちと同じ大学で、看護学部だと話してくれたんだっけ・・・。ひかるのことが気にかかるあまりそれすら忘れていた。
高野さんは随分楽しそうに話していたけれど、僕は会話に集中することもできず、半ば上の空だった。僕は普段、必要以上に女の子に近づかないようにしている。そもそも女の子と話すことが好きなわけでもないし、僕にはひかるがいれば十分だった。あまり親しくなってもひかるにあらぬ誤解されるようでいやだったから、深入りされないように気をつけていた。
簡単に相槌を打ちながら何とはなしに人ごみを見ていると、ひかるを見つけた。僕が見間違えるはずがないし、あの姿はひかるしかありえない。

「ひかる!」

ひかるの姿を見つけたのが嬉しくて、会話の途中にもかかわらず彼女を呼び止めてしまった。ひかるは振り向くことはせず、ただじっとしている。その隣でひかるの友人の川田さんが彼女の腕を掴んで、この場に引き止めてくれていた。

「ごめん、高野さん。ひかるに話があるから・・・」
「え、神崎さんがいるなら私も一緒に行ってお話したいです。いいですか?」
「・・・そう?」

断る理由もなく、僕がひかるたちのほうへと行くと高野さんもついてきた。ひかるは僕たちのほうへ視線を移したかと思うと、すぐにそらす。それでも僕は帰りに会えるとはいえ、ひかるに思いがけなく会えたのでうれしく思っていた。

「ひかるたちも終わったんだね。会えてよかった。さっき偶然高野さんと会ったんだよ」
「神崎さん、こんにちは。本当に大学で会えるものなんですね!私うれしくて…」

僕と高野さんがそれぞれ話しかけると、ひかるは微妙な顔をした。戸惑っているようで、無理に笑おうとしているように見えた。ひかるはただ高野さんの話を聞いて頷いている。視線は彼女だけに注がれていて、僕には一瞥もしない――。まるで僕がこの場にいないかのように振舞っていた。
今までこうやって無視されたことはなかった。一度くらい僕を見てくれたっていいはずだし、視線すらくれないなんてどうかしている。一体どうして・・・。なにが原因なんだ?僕が何かしたのだろうか?
混乱しながらも僕はひかるを見つめていた。その間にもひかるの瞳が僕を映すことはなかった。ひかるはぼくを見ることすら厭うている――そんなことまで考えて、ショックを受けた。

「あたしも会えて嬉しいわ。友達待たせちゃ悪いからゆっくりできなくて残念だけど、またバイトでね」

ひかるはさっさと会話を切り上げて、川田さんたちと人ごみの中に消えてしまった。僕は呆然とした思いとやり場のない怒りで、彼女の後姿を見つめ続けていた。結局ひかるは僕を無視したまま、見ることさえしてくれなかったのだ。多少避けられていると感じても、まだ耐えることができた。けれど完全に無視されるなんて耐えられない。好きな女の子に無視されることは、なににも変えがたい苦痛だった。

さっきの出来事をそのままにしておくことなどできなくて、僕はひかるを探すことにした。きっとひかるたちは食堂にいるはずで、いくつかあるうちの目星をつけて入った食堂で、運よく彼女たちを見つけることができた。ひかるの隣がちょうど空いていて、僕はそのテーブルに歩み寄った。

「ここ、いいかな?」
「あ、うん・・・どうぞどうぞ!」
「ありがとう」


あえてひかるではなく川田さんたちに了解を取った。ひかるに言っても簡単に承諾してくれるとは思えなかったから。ひかるは先ほどと同じく、僕のほうを見ようともしない。一瞬目が合ったけれどすぐ彼女が逸らしてしまった。僕はその反応にまた苛立った。
完璧に僕を無視するつもり?色々とひかるに問いただしたいことはあったけど、今は問い詰めるときじゃない。僕はひかるに聞きたいことを押しとどめて川田さんと井上さんに話をふった。ひかるはその間無言で、食べることに集中している。無言でいるときができるのも今だけだ、絶対に話をさせてみせる。そう思いながらじりじりとこの時間が終わるのを待った。
皆が食事を終え、そろそろ移動しようという話になったとき、僕はひかるの腕を掴んで引き止めた。

「ごめん、ひかるを借りていい?ちょっと話があるんだ」


にこり、と微笑みながらひかるを掴む手は決して離さない。ひかるがたじろぐのが判ったけれど、気にしてなどいられなかった。川田さんと井上さんの二人は笑顔で頷いて、僕たちと別れた。そして僕は二人きりで話すべく、近くにあった空き教室にひかるを引っ張っていった。

「ちょ・・・っと、いい加減離しなさいよ!」
「さっき、何で僕を無視したの?ひかる?」

強い力でひかるを掴んでいたから、彼女から抗議の言葉が漏れでた。強引なのは僕自身わかっている、でも強い口調で聞かずにはいられない。ひかるは僕の問いを受けるとすぐさま視線を逸らし、唇をかんでいた。

「・・・・・・さあね」
「もしかして僕が何かひかるの嫌がるようなことした?だから怒ってるの?」
「・・・違う。そんなんじゃない。それに・・・あたしは怒ってないわよ」
「嘘だ。僕に対して苛立ってるんじゃないの?」
「ちがうったら・・・!」

ひかるはひたすらに否定をした。ひかるが僕を避けているのは今日の出来事により決定的となって、僕が原因であることは間違いない。僕が知らぬまに何かをして、怒らせた。それが一番しっくりきてわかりやすいことなのに、ひかるは「違う」という。ならば、なぜ?
僕はひかるを壁に押し付けた。追い詰めて、絶対に吐かせてやりたい――。

「・・・ひかる・・・」


キスをして今の頑なな態度を和らげたい。僕はいつものように唇を近づけて、不意打ちをねらうように彼女にキスをしようとした。けれど―――

「いや!やめなさいよっ」








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