恋綻頃

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  4話  

沙也と天野は昨日約束した通り、放課後サッカー部の練習場所へ向かった。その道すがら天野の転入に至った経緯について話し合った。彼は父親の転勤の都合で県外から越してきたらしく、それにあわせて学校も転校しなければならなかったのだという。彼は一人暮らしをして残るという提案もしたのだが、両親には強く反対されたためそれはできなかったのだと、少し寂しげに語った。そして、沙也にとっては重要な恋愛の話にもなった。

「俺が引っ越さなくちゃならなかったからさ、向こうでカノジョと別れてきたんだよね」
「・・・へえ」
「まっ、そろそろ潮時かなあって思ってたのもあってちょうどよかったのかもしれないけど。遠距離なんてたるいしさあ、そう思わん?」
「遠いとなかなか会えないしね。・・・でも、こっちでもきっといい出会いがあるはずだよ!ほら、天野くんモテそうだし!」
「えー、俺はそうでもないよ。都築さんこそ彼氏いないの?」
「わ、私は…この前も振られたし、全然そういうのは」
「マジで、意外だね。かわいいのに」

――「かわいい」。何度聞いても思わずにやけそうになる言葉だ。それにカノジョと別れてこっちにきたということは、現在カノジョはいないということであって、沙也は心の中でガッツポーズをした。これで「実はカノジョもちでした」という失恋を回避できたし、心置きなくアプローチできる。
二人が歩いているとサッカー部の練習場にたどり着いた。サッカー部や陸上部などが使う広々としたグラウンドで、沙也はすぐに目的の人物を見つけた。

「斎さーんっ!」
「あ、沙也ちゃん」

沙也が斎を呼ぶと、彼はすぐに笑みを返して二人のもとに駆けつけてくれた。今回天野と沙也が部活動を見学に来ることは、前もって斎に話を通してある。静流の友人の中でも一番付き合いが長く、腐れ縁だといってもいいほどの彼は、沙也にとってもいい「お兄さん」のような存在だ。
性格が優しくてお人よしな分、沙也と同じように静流に虐げられているようであったが、すでに慣れきってしまったのかムキになって言い返すことなく付き合いを続けている彼に、沙也はいつも感心していた。自分もあのようにならなければ、と思うのだがなかなかうまくいかないのだ。
斎が沙也たちの目の前に来たところで、彼女は紹介を始めた。

「斎さん、彼が天野慶介君です」
「天野君、俺は3年部長の中村斎。サッカー部に入るつもりなんだって?うれしいなあ、歓迎するよ!」
「はじめまして、天野といいます」

そこからは男同士、サッカーの話が繰り広げられて盛り上がっていたので沙也は口を挟むことはしなかった。和やかに会話は進み、すでに入部届けがどうのという話に発展している。天野の緊張も解けたようで沙也も自分のしたことが彼のためにもなってよかった、と安心した。

「都築さん、ありがとう。俺、入部届けだしてくるよ」
「あ、本当に?もういいの?」
「うん、部長さんもいい人そうだし、やっぱサッカーは好きだしね。今から俺、早速先生に会いに職員室に行くけど・・・」
「じゃあ私も戻って部活にいこうかな。斎さん、ありがとうございました」
「いえいえ。またね、沙也ちゃん。天野も俺が引退するまでの短い間だけど、これからよろしくな!」
「はい、ありがとうございます」

沙也と天野はグラウンドを後にした。すべての用事は終わってしまったことで、沙也はこれからどうしようかと考えた。このままでは彼との接点がなくなってしまい、気軽に話すことはできなくなるかもしれない。そう思って、彼女は携帯を取り出した。

「あのっ、アドレス交換しない?せっかく仲良くなったから・・・よかったらどうかなあって・・・」
「そんなの喜んで!俺、この学校に来たばっかだから携帯に友達が増えるのすげえうれしいよ。赤外線でいい?」
「うん!じゃあ送るね」

沙也はこんなに幸先がよくていいのだろうか、と思った。つい笑みが漏れる。その様子を遠くで見ていた斎は、「なるほどねえ」と意味ありげに微笑んだ。


***

静流は、HRが始まる前の朝の時間に一人、本を読んでいた。受験生らしく朝早くから自習する生徒が多い中、静流はまったく気にせず、根つめて勉強することはしない。もともと授業を受けて軽く勉強をすれば事足りてしまう彼は、死に物狂いで何かをするという経験をしたことがなかった。それは勉強だけでなく、なんでも器用にこなしてしまうため諸事に共通することであったが。
静流は本の文字だけを追いながら、別のことを考えていた。朝の登校時、沙也の様子がおかしかったのである。どこかボーっとしているし、彼が何を言ってもいつものように明快な反撃をしてこなかった。・・・その原因について、沙也とは長い付き合いである静流は大体の予想はついている。

「静流、静流。沙也ちゃん、恋してるみたいだねえ」

朝のわずかな、静かな時間を過ごしていた静流に唐突にそう言ったのは、彼の中学以来の友人・中村斎だった。静流はちらりと斎を見ただけですぐに視線を本に戻した。

「…沙也さんが恋をしているのはいつものことでしょう」

何をいまさら馬鹿なことを言っているのか、と静流は思った。彼のひとつ年下の妹は、常に誰かに片思いをしていないと気がすまないらしい。今朝おかしかったのも、それが原因だろう。昔から誰々君がかっこいい、と幸せそうに言っていたかと思えば、その相手には毎回毎回失恋して落ち込んでいる。それだけでなく失恋した後も懲りずにまた新たな片思い相手を見つけ、その後振られる、という繰り返しだった。
よくやるものだ、という感想を静流は抱いている。カノジョは常に存在する静流だが、カノジョ相手に「好き」だという感情を抱いたことはなかった。誰もかれも同じで、静流にとって特別な存在ではない。それでもなおカノジョを作り続けているのは、告白を断るのも面倒くさいのもあるし、ある意味で必要であるからだった。そしてカノジョというものは深く踏み込まれることなく、浅い関係で付き合うものだというのが静流の認識である。
静流の興味なさげな態度をよそに、斎は続けていった。

「まあ・・・そうだけどさ、でも今回はいつもよりいい感じだったよ。昨日、サッカー部に沙也ちゃんが部活見学したいっていう転入生を連れてきたんだよ。沙也ちゃんが好きそうなイケメンだったし、仲良さげだったから付き合うのも時間の問題じゃないかなーっと俺は思ったね」
「ばかばかしい・・・。どうせいつものように振られるに決まってますよ。知っているでしょう、沙也さんの輝かしい失恋更新記録を」
「だからって今回もそうなるとは限らないだろ?お前はいつもからかうように沙也ちゃんをブスだって言うけど、沙也ちゃん、普通にかわいいじゃん」
「沙也さんがかわいい・・・ですか」
「本気で言ってるわけじゃないよな?アレでブスだって言うならお前のかわいいのレベル、どこまで高いんだよ!」
「・・・知っていますよ、別に本気で思ってるわけじゃありません。ですが、今ではすでに口癖になってしまっているのでしかたありませんよ」

――沙也と初めて会った時のことが、すべての始まりだった。
父親に再婚して、お前に義妹ができるぞ、と知らされたとき正直静流は苦々しく思った。義妹なんていっても他人だし、辛らつな物言いをして泣かれても困る。付きまとわれても疲れるだけで、やさしくして懐かれるのもいやだ。うんざりした気持ちを抱えながら、食事会の場へ向かった。
そこで出会ったのが、新しい義兄の存在に目を輝かせながらも勝ち気そうな性格の沙也だった。一目見て、この子なら自分の想定する面倒なことにはならないかもしれない、思った。Sっ気がある静流だが、誰に対してでも同じ態度をとるわけではないし、きちんと相手を選んでものを言っている。そこでつい、口に出してしまったのだ。
――「あなたが沙也さんですか。義妹になる方がこんなブサイクとは・・・残念ですね」――
そういった後の沙也の反応は驚くほどだった。泣くわけでもなく、言い返すよりも先に手が出てきたのだ。静流は殴られたわけだが、不思議と怒りは感じなかった。ただ沙也の怒りに満ちた表情だとか、行動の意外性が面白かった。そしてこれからが楽しみだ、と思わず笑みが浮かんだ。
それから義兄妹になってから4年間、彼女をからかってわざと怒らせることが楽しくてたまらなくなっている。ああやって反抗してくるのが一番煽るというのを彼女はわかっていない。怒りが持続しない淡白な性格も静流には好ましかった。

「なあ、沙也ちゃんに彼氏できたらどうする?義兄としては寂しくなっちゃう?」
「さあ。非現実的なことを考えても無駄ですよ」

静流は本を閉じて言い切った。長いこと彼女の片思いと失恋の数々を見てきて、沙也と今まで変わらずこの関係を続けてきただけに、漠然とした自信を彼は持っていた。






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