恋綻頃

モドル | ススム | モクジ

  3話  

「3組に転入生が来たらしいよ」

その日の昼休み、友達同士の話題は隣のクラスに転入してきた男子の話題だった。「転入生」というものはなかなかあるものでもなく、うわさが回るのは早かった。

「天野君って言うんだけど、なかなかのイケメンらしいよ」
「へえ〜そうなんだ〜!どんな子かな、会ってみたいな」
「・・・沙也の食いつきはさすがだね。隣のクラスなんだから、のぞきに行けば?」
「えー、理由もないのにできないよ。3組には友達いないしあからさますぎるじゃん」
「じゃあ、あきらめて偶然会うことを願ってな。それより、私ジュース飲みたいんだけどみんなは?」
「あ、私も欲しいかも」
「あたしもー」
「よし、じゃんけんして一人が買ってくるようにしよ」
「いくよ!最初はグー、じゃーんけーん・・・っ」

じゃんけんの結果、沙也が一人負けした。



「最悪・・・グー出せばよかった・・・」

自分の運の悪さに文句をつけながら、沙也は自動販売機に向かっていた。沙也のクラスは二階にあり、自動販売機は一階の隅のほうにあるため正直そこに行くだけでも面倒くさい。


「都築沙也さん・・・ちょっといい?」
「・・・・・・はあ・・・・・・」

呼び止められて振り返ると、それは静流の現在のカノジョの今岡加奈子だった。加奈子は静流とクラスは違うものの同学年で、校内でも有名な美人である。長い髪をゆるりと巻いており、沙也からみても女らしくて思わず惚れ惚れとしてしまう。
こんな綺麗な人が、あの性格最悪な偽紳士の静流のカノジョだと思うと、なんだか理不尽なような気がする。見た目だけで言うなら完璧なカップルだと思いはするが、いかんせん静流のカノジョに対する最悪な言動の数々を知っているため、沙也は同情していた。
静流はカノジョを家に連れてきたことはないし、加奈子とは朝の登校の際顔を合わせるだけで、まともに話したことがない。そのため、沙也は加奈子が自分に何の用だろうと疑問に思った。沙也は人気のない場所につれてこられて、加奈子が話し出すのを待った。

「沙也さん、彼氏はいないの?」
「・・・・・・はい?」
「どうなの?」
「い、いませんけど・・・」
「そう。なるほどね」

沙也は加奈子の突然の質問に混乱した。なぜ彼女に沙也の彼氏の有無が関係するのだろうか。それもわからないし、加奈子の態度はすでにとげとげしくて早く話を切り上げたかった。

「静流が私との時間を取ってくれないのはあなたのせいよ」
「えっ!?」
「彼が私とのデートを断るときの理由を知ってる?“義妹と出かける予定があるんです”よ!しかも、何度も何度も!!朝の登校だって、あなたが一緒に登校してくれるようせがんでいるそうね!それに家に呼んでくれないのもあなたが嫌がるからだって言っていたし。義妹だからって静流を縛りつけすぎじゃない?やさしい義兄がいるのがうれしいのはわかるけど、だからって横暴すぎるのよ。静流は義兄であって恋人じゃないのよ!?早く兄離れして彼氏を見つけてほしいのよ、沙也さん。そうしたら静流だってあなたにかまう必要がなくなるでしょう?」
「・・・・・・本当に静流がそんなこといったんですか・・・・・・」
「ええ、そうよ」
「そうですか・・・そう・・・なるほど・・・」

なぜ自分が静流のカノジョたちにあれほど恨みがましい眼で見られていたか、ずっと疑問だった。静流が外面のいいままで沙也に接するのをあまりよく思わなくて、嫉妬されてるのだと思っていた。いや、もちろんそれも理由のひとつだろう。けれど・・・まさか。まさか静流が、カノジョに対して断る理由で「義妹」をだしにしているとは思わなかった。
静流はカノジョであれ家に呼ぶだとか、あまり長い時間を共にすることを好まない。だから必要以上に踏み込まれるのを避けるために、自分の評価を落とすことなく断る理由が必要で、その手段が沙也の名前を出すことだったのだ。そりゃあ、そんなことをされたら彼の義妹を疎ましく思うだろう。しかも妹は妹でも、「義理」の妹ならばなおさらだ。
沙也のなかで、何かが切れる音がした。

「あん・・・っの・・・バカしずっっ!!!」
「え、ちょっと・・・沙也さん!?」

加奈子の戸惑う声を後ろに聞きながら、沙也は静流のクラスに向けて猛進した。これはもう、黙っていられない。静流に一言言ってやらなければ彼女の気がすまなかった。

「しーずーるーーっ!!!」
「おや、沙也さん。どうしました」
「どうしました、じゃない!」

息を切らして怒りながら教室に現れた沙也に、クラス全体が注目した。名指しされた静流は落ち着いたもので、いつもの彼女のかんしゃくだと決め付けている。静流にとって見れば沙也の怒りなど恐れるものでもなく、彼女の性格が単純でさっぱりしているために、一定期間のときが過ぎればその苛立ちも冷めるものだと知っていた。だからこそ沙也にいろいろと失礼な物言いができるのであり、好ましく思っている点だとは言ってはやらないが。
静流はにっこりと彼女が何を言い出すものやらと待ち受けた。沙也を怒らせるのも彼のある意味趣味だった。彼女には悪趣味だと言い返されそうであるけども。

「何で私が恨まれなくちゃならないのよ、あんたのせいなんだから全部!私がいつ静流に一緒に登校してくれって頼んだのよ、カノジョを家に連れてくるなって言ったのよ!!私があんたをしばりつけてるなんてちゃんちゃらおかしいわっ!!むしろ逆よ、逆!!兄離れとか別に静流のこと好きでもないし、彼氏だってすっごく欲しいしでもできないのよ!ああ、もう私に彼氏ができないのも 全部あんたのせいなんだからっ!!」 

沙也はだいぶ興奮していて、彼女自身も何を言っているのかわからなくなっているようだった。最後は僕のせいにしてもらっても困りますね、と静流は冷静に考えている。そして沙也の怒りを先ほどの言動から推測するに、デートやら朝の登校やら家に呼ぶことやらをカノジョに断る理由に沙也の名前を出していたことがばれたのだと思った。手っ取り早く、もっともらしく彼の許容範囲の超えた申し出を断るのに一番便利だったのだ。まさに自己中心的な俺様哲学である。
だが静流はそれが悪いことだとは思っていない。例え沙也が怒り狂っていようと、彼には関係ないのだ。

「沙也さん。いいたいことはそれだけですか?」
「それだけって・・・。それだけで悪い!?」
「いえ。ただ、クラスの皆さんが沙也さんの恐ろしい形相を見ておびえています。お引取り願えますか?」
「何よ、あんたのせいでしょ!?馬鹿っ!!!」

気の立っている沙也は拳に力をこめ、静流に向かっていった。この攻撃が彼にはあたらないとはわかっていても殴らずにはいられなかった。静流は案の定、ひょいと身をかわす。沙也の拳はそこで空を切るはずだった。しかし、驚いたことに人に当たる感触がした。

「ぐふぉ・・・っ!」
「きゃああああ!!!斎さん、ごめんなさぁぁい!!!」
「沙也さんの凶暴なパンチがもろはいりましたね。大丈夫ですか、斎」
「だ、だいじょうぶ。だいじょうぶ・・・」

静流の背後にいた彼の友人・中村斎(いつき)に直撃していたのだ。とんだ兄妹喧嘩のとばっちりである。サッカー部で鍛えた体つきをしているのが幸いして、倒れるまでにはならなかったものの、なかなかの打撃であるようだった。中学生のころからの付き合いであるため沙也と静流兄妹のやり取りには慣れているし、今のようなとばっちりも一度や二度ではない。沙也が涙目になりながら謝っている一方で、静流があからさまに面白がっているのを見て、彼は友人の性格の悪さにはため息をつかざるを得なかった。
結局大騒ぎにはなったが、ただの「兄妹喧嘩」と片付けられた。


***



授業後、部活動に行く時間になって沙也は思い切り落ち込んでいた。静流への怒りに駆られて暴力行為に出た結果、関係のない斎に迷惑をかけてしまったのだ。優しくて人のいい斎は「気にしないでいいよ」と声をかけてくれたが、自己嫌悪に陥った。学校で静流を殴りつけようとするのはやめにしよう。暴れるのは家の中だけにする、と根本的な方針は変えないまま決意した。そして今からの部活でこのストレスを発散させようと思っていた。

「あの・・・すみません」

遠慮がちに声をかけられた沙也が振り返ると、そこには顔を名前も知らない男子生徒がいた。同学年ならなんとなく顔は知っているはずだし、1年か3年生だろうかと沙也は思った。

「昨日転入してきたばかりで迷っちゃって・・・職員室ってどこですか?」
「転入してきた・・・って・・・。じゃあ、2年3組に転入してきた天野くんってあなた?」
「うん、そう。あ、ってことはもしかして同じ学年?」
「私は2年4組の都築沙也っていうの。隣のクラスだから、どんな子が来たのかな〜って気になってたんだ」
「そうなんだ、俺は天野慶介。ここにきたばっかりでまだ友達も少ないから、俺すげえ緊張してるんだよね。よかったら仲良くしてやってよ」

にかっとさわやかに天野は笑い、沙也は思わずドキッとした。静流のように腹黒で裏のある笑みではなく、正真正銘の純粋な笑顔が彼女のすさんだ心を癒してくれるようだった。この笑顔は・・・沙也のストライクゾーンど真ん中であった。
やっぱり男はあいつみたいな嫌味ったらしいところのない、さわやかで明るい人に限るわっ!
沙也は心の中で思い切り叫んで、天野を再び見た。彼はよく日に焼けていて、スポーツでもやっているのかもしれない。ますます好感度大だ。きゅん、と胸にときめきを覚えながら職員室までのわずかな時間ではあるが、できるだけ会話をしたいと思った。

「天野君は、部活動何かやろうと思ってるの?」
「うん、サッカー部に入るつもりなんだ。でも昨日転入してきたばかりだし、まだ部に顔出せてないんだよね〜。それにほら、途中で入部って勇気いるからちょっと困っててさ」
「サッカー部なの?それなら私の義兄の友達がサッカー部部長だし、仲良くしてもらってるし、よかったら案内するけど・・・!」
「え?マジで?それはすっげえうれしいけど・・・!でもいいの?迷惑じゃない?」
「全然!問題なし!早速、明日でも大丈夫?」
「うん、サンキュ。助かるわー」

思いがけず次へとつながる会話の糸口が見つかった。斎さんありがとう!そして今日はごめんなさい!!静流の友人へと感謝と謝罪の言葉を心で述べ沙也の心は躍った。
しかし会話をしているうちに職員室が近づいてきて、残念だと思わずにはいられなかった。でも明日があるわけだし・・・と考えると、この出会いが今日だけで終わるものではないと思えてうれしくなった。

「職員室、着いたよ」
「あー、本当だ!今日はありがとう、話しかけたのが都築さんでよかったよ。どうせなら話しかけるのもかわいい子のほうがいいじゃん?」
「え・・・っ!」
「じゃあ明日もよろしく。また!」

天野は一度沙也をときめかせた笑顔を再び見せると、職員室に入っていった。 さりげなくかわいいと言われた沙也はぽかんとして、なかなかその場を動けなかった。静流に幾度となく「ブス」「ブサイク」と言われ続けていた彼女にとって、異性から「かわいい」と言われるのは本当に新鮮な喜びだったから。

――この17年、すでに何十回目かわからない、一目ぼれの恋であった。






2010/9/20
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