恋綻頃

モドル | ススム | モクジ

  2―10話  

――静流は昔から、本当に憎たらしくてたまらないやつだった。
沙也のことをブスだなんだとデリカシーのかけらもない言い方をしたり、失恋すればほら見たことかという態度を取る。義兄妹になってからずっと、二人の言い合いは変わらないまま続いている。
外面だけは良くて、紳士的に見えるけれど実際は全く違った。辛らつで、他人には無関心。笑顔と丁寧な言葉遣いに、彼自身をどこか隠しているのだ。
なかなか心のうちを見せない。感情を吐露しない。それが静流だ。少なくとも、今まではそうだった。
沙也の恋愛観にも皮肉な見方を隠そうとしなかったし、馬鹿にしてもいた。
けれども、鈍い彼女にも最近気づいたことがある。
今思えば、感情を表に出さない彼が怒りを見せるようになった。ほんの少しだけ、薄っぺらい笑みではない微笑を、向けてくれるようになった。これは彼にとって大きな変化のはずだ。そこからいやみったらしい義兄以外の姿が、見え隠れしている。
喧嘩はするけれど、別に静流のことが嫌いなわけじゃない。どんなに腹立たしい言葉でも、本気で言っていないことくらいはわかるから。それに、彼がそんな物言いをする相手は数少ない。そう思えば、心を許してくれている証でもあるだろう。

私は、いつも同じような人が好きだった。明るくて、やさしい人が。同じような人を追い求めて、ふられて、その繰り返し。失恋はしても、傷つかなくていいのだから恋をするのは楽しかった。理想像へと恋焦がれていたように思う。だからこそ、ふわふわとして心地よい気持ちでいられた。
――静流は、言った。
あなたが好きなんだと、はっきり言った。恋愛には興味を示さずに、ばかばかしいと常々言っていたにもかかわらず。そんな言葉を口にするタイプでもないというのに。

そのとき信じられないと思いながらも、私の中で何かが芽生えてはじめていたのかもしれない。
理屈じゃないと思う。
なんで、なんてわからない。たぶん、静流も同じような気持ちだったんだろう。
あんなに静流のことなんて眼中になかったのに。意地悪でやさしくもない、私のタイプとは正反対のはずなのに。
それでも気になるのは、こうして悶々と悩むのは、誰かに奪われたくないと思うのは――



悔しいけれど そういうことなのかもしれない。
沙也はもう、迷ったり考え込んだりすることはしたくなかった。だからこそ今、こうして静流の前に立ちはだかっている。
突然の彼女の登場に、静流と亜澄は驚いているようだった。 

「・・・沙也さん?」

静流が、彼女の名を紡ぐ。彼女はきっと彼を強く見据えて、一気に感情を爆発させた。

「静流の・・・ばか!なによ、私のことが好きだって言ったくせになにしてるの・・・っ!!」

彼は一瞬、あっけにとられたようにぽかんとしていた。沙也にまさかこんな形でののしられるとは、思ってもみなかったのだろう。彼女の今までの言い分と、大いに矛盾しているのだから。
それは彼女自身がよくわかっていた。自分でもふざけた論理を振りかざしているとは思っている。しかし、これが真実なのだから仕方がない。開き直りながら、彼女は行動に移していた。
静流はというと、すでに顔を引き締めてなにやら考え込んでいる。むっつりとしながら、沙也からは目をそらして問うた。

「僕のことなんか、どうでもいいんじゃないんですか?」
「い、いいから答えてよ」
「それならばあなたが先に答えて下さい。僕から答えだけ引き出そうとするなんて、むしがよすぎますよ」
「・・・・・・」

静流の言い分ももっともだ。沙也は言い返すことができずに、いったん口を閉じた。静流はそれをいいことに、ずいと体を寄せてくる。思わず彼女は、及び腰になった。近づいてくる端正な顔立ちに彼女の心臓が跳ねる。
彼は感情の読めない表情で口を開いた。

「僕のことが、気になりますか?」
「気になるわよっ。だから、答えて欲しいんじゃない・・・っ」
「なぜ?」
「なぜって・・・」

ぐっと言葉に詰まる。その理由が何を意味することになるか、彼女自身分かっていたからだ。口ごもってうつむく彼女に、静流は視線をそらすことなく見つめていた。

「沙也さん」

静流の真剣な声が、耳に響く。その声を聞きながら、沙也は顔を上げることができずにいた。

「僕のこと、好きでしょう?」

ずばりと言い当てられた言葉。ぱっと顔を上げ、沙也は静流を見上げた。彼女は悔しかった。こんなときまで簡単に見破られてしまうなんて、彼に何を言われるかわかったものじゃない。それでも、意外なことに彼はからかいの色を見せていなかった。
不敵な笑みを浮かべて、したり顔でもしているとでも思ったのに――。
だからこそ沙也は、素直になってみようと思った。ここまで来てしまったからには、意地を張っていても仕方がないから。

「そうよっ!好きって言ったら悪い!?でも誤解しないで、別に静流がどう思おうと関係な――」

沙也の告白は色気も何もあったものではない、喧嘩腰の肯定だった。それでも彼女は恥ずかしくてたまらず、一息で言い切った――否、言い切ろうとした。
突然強い力に引っ張られて、身動きが取れなくなった。そして次の瞬間には、唇に触れる感触。

「・・・ふ、んんっ!?」

沙也は混乱の真っ只中にいた。
いったいどういうことだろう?なぜこんなことになっているんだろう?
静流にキスされている。それだけはわかった。けれど、意味が分からない。
彼女のなかであの告白ともいえない告白は、ある意味やけになった上での行動だった。亜澄は静流のことが好きで、彼もまんざらではないと思っていた。
だからこそ彼に自身の気持ちを言い当てられたとき、悔しくて「もうどうにでもなれ!」といった心境だったのだ。
そうして彼女が混乱しているうちに、彼は好き勝手に口内を犯していた。ただ触れるだけのキスではなく、濃厚なものになっていた。自然と舌が彼女の口内に侵入してきて、深く絡まっていく。
頭はうまく働かない。どうにかなってしまいそうで・・・。

「・・・沙也さん」

しばらくして、唇が離れた。沙也は息絶え絶えになりながら、呆然としたまま静流を見つめる。
彼は、満足そうににっこりと微笑む。それは久しく見ていなかった、意地の悪そうなあでやかな笑みだった。

「ようやく言ってくれましたね?」
「え、ええ、し、しず」

沙也には静流のキスの意味も、この言葉と笑顔の意味も考える余裕すらない。そして彼女を混乱に陥れたこの男は、面白くて仕方がない様子である。
それと同時に――

「――ちっ、この腹黒男が。見せ付けていい気になってんじゃないわよ」
「・・・えっ!?ななな何今のどす黒い声!?」

どこからか機嫌の悪そうな邪悪な声によって、沙也は覚醒した。彼女は思わずきょろきょろと頭を動かし、ふと亜澄と目があう。しかし、視線が交わると亜澄は相変わらず美しい笑みをたたえていた。
・・・え、まさか亜澄先輩?いいいいやまさか、そんなわけないじゃないの。きっと空耳よね、空耳・・・。
ああ、もうなにがどうなってるの?静流はなんでキスなんかして、亜澄先輩はそれをなじるわけでもなく・・・なんか黒々しいオーラが漂ってるのはどうして?
そう、なぜか静流と亜澄の間で冷戦が繰り広げられているのだ。沙也にはその理由も、現在おかれている状況もまったく掴めないのだった。



「亜・・・澄ぃいいいっ!!」

そこへ登場したのが、斎である。必死になって探していたのだろう、幾分か情けない声を出して駆け寄ってきた。一心不乱に亜澄を目指したかと思えば、ひしと彼女を抱きしめる。さらに恥や外聞をかなぐり捨てて、彼は声を張り上げて叫んでいた。

「俺は亜澄のことが好きだっ!いまさらだと言われるかもしれないけど、俺は亜澄が好きだって気づいたんだよ。ねえ、静流のこと本当に好きなの?俺はそれが信じられなくて、だって亜澄は――」
「・・・・・・・そい」
「え?」
「遅いっていってんのよ!このっど阿呆へたれがああっ!!」
「ぎゃああああっ。すみません、あのホントそれは申し訳ないっていうか!!そそそそれでも俺は亜澄が好きなんですっ!」
「そうよ、あんたは私が好きなのよね?!あんたのその一言を引き出すために私がどれだけ待ったと思ってんのよひれ伏して謝りなさい!!」

ふんっと腕を組んで女王様然とする亜澄と、地に頭をつけてなぜか土下座している斎。そのバイオレンスな光景と言動の数々に、沙也はついていくことができなかった。
・・・どこからつっこんでいいのだろう。
いつもの亜澄先輩の奥ゆかしさ、大和撫子の空気はいったいどこに?とか。
亜澄先輩と斎さんの関係ってどうなってるの?とか。
そもそも、亜澄先輩と静流の関係はどうなってるの?とか・・・。

「し、しず・・・。あ、あの亜澄先輩って・・・?」

疑問ばかりが渦巻いている沙也は、思わず静流に助けを求めた。彼女の問いを汲み取った彼は、すぐに笑顔を浮かべて言った。

「ああ。亜澄さんなら、あれが本性ですよ。いやになりますよねえ、上辺とのギャップがすごすぎて詐欺にもほどがありますよね」
「ふふふ、あなたには言われたくないわよ都築くん?」
「いやだな、聞こえてたんですか」
「当たり前でしょう。私を甘く見ないでちょうだい」

ばちばちと二人の間に陰険な空気が漂っている。どうにも以前まで良い雰囲気を醸し出していた二人とは思えない。
ということは・・・なに?亜澄先輩は静流のことを好きなわけじゃないの?
しかしそれならば、今までの言動がしっくりこない。あれだけ静流との関係を匂わせていたというのに・・・。
そこまで考えて、沙也に恐ろしいまでの想像がわきあがってきた。静流ならばありうる。そして本人に聞くよりも、第三者に聞いたほうがすんなり答えてくれるだろう。

「あっ亜澄先輩。ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あら、なあに。沙也さん」
「・・・・・・つまり、亜澄先輩は静流のこと・・・好き、ではないんですか?」

恐る恐る問いかけてみると、亜澄は美しい笑みをたたえながら、それでいてしっかりと不快感を表していた。

「いやだわ、私がこんな腹黒で情け容赦ない冷たい男のこと好きになるわけないじゃないの。考えただけで気分が悪い」 
「亜澄さん、それはこちらの台詞ですよ?僕だって人を騙すようにうわべを繕ってる凶暴な女性は願い下げです」
「そう、それはよかった。意見が一致したわね」
「ちょ、ちょっと待って!亜澄、俺にこの状態はもう耐えられないって言ったよね?けりをつけるって。あれって、静流に告白して曖昧な関係を終わらせるって事じゃなかったの?」
「そっそうですよ!アレはどういう意味だったんですか!?」

今まで黙っていた斎が、亜澄と静流の回答に食いついた。沙也も斎の疑問には同感で、頭を悩ませていた一因だったからだ。
亜澄と静流は互いに顔を見合わせて、くすりと笑いを漏らした。

「わかりませんか?つまり」

静流が沙也と斎の疑問に答えるために、口を開いた。

「あなたたちがいつまでたっても振り向いてくれないから、お互いに共同戦線を張ったんですよ」






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