恋綻頃

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  2−9話  

球技大会の二日目、沙也は試合には参加せず実行委員の仕事に徹していた。昨日くじいた足首の痛みはほとんど引いたものの、大事をとって参加を見送ったのだ。無理に参加して部活動に支障が出ても困る。
今は斎が試合に出ている、3年のサッカーの得点係をしていた。クラスの応援のために静流もこの場にいた。応援とはいっても、クラスメイトにつれられてきただけで、熱を入れて応援しているわけではない。いつもの彼らしく興味なさげにたたずんでいた。
以前のバスケットボールでの試合のように、沙也のもとに静流はからかいにやってこない。彼女がいることを知っているはずなのに、まるで気づいていないかのように振舞っていた。昨日の保健室でのやり取りが原因だということはわかっている。あのときの沙也には、こんな重苦しい空気になるとは思ってもいなかったのだ。
はあ、と沙也はため息をひとつこぼす。ああやって言ってしまえばもう気になることはないと思っていたのに、まったくもって意味がなかった。そればかりか、余計ことがこじれた気がする。

「沙也ちゃん」

ぼうっとしたままの沙也に声をかけたのは、交代でコートからでた斎であった。やたら考え込んでいる彼女を心配してやって来たのだろう。彼女は斎を見ると、小さく笑った。

「あ、斎さん。お疲れ様です」
「うん、ありがとう。それよりも昨日怪我したんだよね、大丈夫?」
「はい、それは心配ありません」
「そっか、よかった」

当たり障りのない話をしながら、沙也は斎に亜澄と静流の話題をどう切り出そうかと考えていた。斎と亜澄の関係が今どうなっているのかは分からないが、悪化しているような気がした。それは彼の顔色を見れば、よくわかる。いつもは明るい顔がわずかに曇っていた。

「・・・斎さん、なんだか元気がないですね」
「ん、まあね・・・」

今、真向かいに静流と亜澄の姿が見える。亜澄はこの球技大会についてだろうが、静流と話し合いに来たらしい。その様子を沙也と斎はぼーっと眺めていたのである。亜澄は静流との会話を終えると、沙也たちのいるほうへと歩いてきた。亜澄が顔を上げると、ちょうど目で追っていた沙也たちと視線がぶつかる。すると彼女が、足を止めた。

「こんにちは、沙也さん。足の怪我は大丈夫?」
「こんにちは。はい、足はもう、全然」
「そう、安心したわ。・・・斎も試合お疲れ様」
「・・・亜澄」

亜澄は沙也に顔を向けて、微笑みかけている。けれども斎に対しては、簡単なねぎらいの言葉をかけただけだった。言い方もどこかつっけんどんな感じで、沙也はその差に今の二人の関係を垣間見た気がした。沙也と静流と大して変わらないようだ。
しばし微妙な空気が流れた後、亜澄がふと思い出したように口を開いた。

「斎。・・・それと沙也さんにも、言っておきたいことがあるの」
「え?」
「亜澄?」
「私、この球技大会中にすべてにけりをつけるつもりよ」

亜澄がにっこりと美しい笑みを作って、言い放った。それだけを沙也と斎に伝えると、彼女はすぐに踵を返してしまう。沙也たちは彼女の言葉の意味を咀嚼するのに時間がかかった。すでに彼女の後姿は人ごみにまぎれて消えていた。

「・・・沙也ちゃん、どういうことだと思う?」
「・・・けりをつけるって・・・私たちに言うってことは、まさか」
「静流に告白するってことかな、やっぱり!?」

それ以上言葉を紡ぐことはできなかった。亜澄が言う「けりをつける」とは、静流とのことしか考えられない。いざ宣言されると衝撃は大きかった。どこかで、静流と亜澄のことはなんでもないと思う気持ちもあったから。だからこそこれが現実なのだと思い知らされた。
静流は?静流はどうするのだろう――?亜澄先輩に告白されたら、どう答えるの?あんなに綺麗な人なんだから、心動かされるかもしれない。沙也の心もぐらぐらに揺れていた。ただ呆然としてしまって、物事をうまく考えられない。

「沙也ちゃん、俺決めたよ」
「・・・はい?」

斎の決意のこもった声に、沙也ははっと我に返った。彼の顔を思わず見つめると、小さく笑っていた。

「亜澄が静流に告白する前に気持ちを伝える。それしかないと思う」
「・・・・・・斎さん」
「何か言う前に終わったら、やっぱり後悔する気がするから・・・。――沙也ちゃんはどうする?」
「私?」
「隠さなくたっていいよ。静流のこと気になってるんでしょ?だから亜澄のことにこうやって話をしてるわけでさ」


斎にも静流と沙也の関係はお見通しというわけだ。静流と沙也、それぞれを間近で見ているのだからそれも当然かもしれない。斎には彼女の素直な気持ちを語らないわけにはいかなかった。

「私は・・・わからないんです。だって、相手は静流なんですよ?戸惑うに決まってます。分からなくって、私は――」

沙也は言葉を切った。斎の決意を知って、彼に自分の気持ちを吐き出そうとするうちに気がついた。
私は、逃げ出したんだ。静流から、そして私の混沌とした気持ちから。逃げ出すことが一番簡単だった。静流の気持ちが偽物だと思うほうが楽だった。
でも今、亜澄が静流に想いを伝えると知って、彼が亜澄の気持ちに応えるかも知れないと考えて、胸がむかむかした。ずっと目をそらしてきたように思う。否定し続けてきた感情だ。
簡単には認められない。これは決して”恋”なんかじゃない。
だって、いつも感じていたふわふわとした楽しさとか、うれしさとか、ときめきを感じないんだから。それなのに、どうしてこれを恋だといえるだろう?

「沙也ちゃん・・・ゆっくり考えればいいよ」

斎が優しい声で、沙也の頭に手を置きながら言った。

「だけど、俺が決めたことを伝えておきたかったんだ」

交代の合図が出た。斎は再びコートに戻り、沙也は一人取り残される。沙也がふいに視線を感じて顔を上げると、静流と目が合った。なんとはなしに心臓が大きく跳ねる。沙也は自分自身の反応に驚きながら、さっきあんな話をしていたせいよ、と言い聞かせた。そう思わないことには、とんでもない答えを導き出してしまいそうになっていたから。

***

お昼休憩を挟んで、沙也はやっと一息つくことができた。実行委員として得点係をしたり、クラスの応援があったりとなかなか忙しい。そのうえ静流のことがあったから、なおさら気が休まらない。
亜澄先輩はどうしたんだろう。もう告白でもしにいったのかな。それに、斎さんは・・・・・・。
考えまいとしても、やはり思考はそちらへと働いてしまう。

「沙也ちゃん!!」

切羽詰ったような斎の声に、沙也は呼び止められた。ちょうど思案していたときだっただけに、何かあったのだろうかと不安がよぎる。斎があせっている様子なのも気になった。

「どうしたんですか、斎さん?」
「亜澄と静流見なかった!?」
「え?見てませんけど・・・」
「ああ・・・そっか・・・!二人の姿が見当たらなくてさ、今頃亜澄が静流と・・・・・・って思って!!うわああ、もう俺どうしたらいいんだろ!?」
「落ち着いてください、斎さん!とにかく、二人を探せばいいんですね?」
「うん、そう!亜澄の本心はまだよくわからないけど、あの発言が気になって仕方がないんだよ!!」
「分かりました、私も探しますから」

沙也は斎の言葉にどきりとしながら、二人を探すことを請け負った。どうごまかそうとは思っても、やはり沙也自身が気になるのである。焦燥感で胸が騒いでいた。
彼女は斎と別れ、人気のない場所を探すことにした。もし、沙也たちが不安に思うようなことが起こるのだとしたら、人が大勢いるところにはいないだろう。
何気なくプール近くへと踏み入れた。そこで、彼女はぱっと校舎へと身を隠す。目的の人物である、静流と亜澄がその先十数メートルの距離にいたのである。

「ねえ・・・都築くんはどうなの?私、もうこれ以上はいやよ。耐えられないもの」

亜澄の声がおぼろげに聞こえる。話の前段階が分からないので内容は良くつかめないが、もしかしてすでに告白してしまった後なのだろうか。だから静流に対して答えを求めているのでは?推測するに、今までの微妙な関係に終止符を打ちたいと思った上での、発言なのかもしれない。
一足遅かったのだ。
まだ静流は答えを出していない。それがせめてもの救いだけれど、静流がどう出るのかまったく分からない。沙也もなにができるわけでもなく、ただ彼の返答を待つしかなかった。

「・・・・・・僕は」

静流が間をあけて口を開く。沙也は思わず息を呑む。しかし、なかなか続く言葉が聞こえてこなかった。ばれないように校舎の影から覗くと、信じられない光景が目の前にあった。これこそが、答えなのかもしれない。
彼女は大きな衝撃を受けながら、その一瞬の間に思考がめまぐるしく働いていた。どくどくと心臓の音が聞こえる。
静流が――亜澄にキスしようとしている!一瞬見て、それを理解した。そしてすぐさま目を背けた。
その光景を目の当たりにして、駆け巡ったのはひとつの感情。最近何度か感じつつも、振り払ってきたものだ。

私以外に好きだなんて言わないで、触れないで。
いやだ。やめなさいよ、静流。あんたが好きなのは、私じゃなかったの?
私は、静流が信じられないといいつつも、彼の気持ちを信じていたかったのだ。信じたいからこそ、信じたくないと思った。そうすれば傷つかなくても済むから。

なんで?どうしてよ?静流のことなんて、どうでもよかったはずなのに。仮にも義兄だし、意地悪で口も悪いし、すぐいやみばっかり言って喧嘩を吹っかけてくるんだから。それに、全然タイプじゃない。私は明るくてやさしくて、さわやかな人が好きなんだもの。静流はひとつも満たしていない。本当に真逆だ。
だけどひとつだけ確かなことがあるの。今まで感じたことのないものがある。苦しいような、もやもやとした気持ち。これはなんだろう?なんで、どうしてだろう?考えれば考えるほど、わからなくなる。
――もう、なんだっていい。この気持ちが何を意味するのか考えるのはやめた!考えて、悩んで、逃げるのは私らしくないのよ。
感情のままに、今しないと後悔することをしなくちゃ!
すう、と大きく息を吸い込み――

「静流のっ・・・ばかあっ!!!」

そう叫ぶと、沙也は二人の前に歩み出ていた。





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