恋綻頃

モドル | モクジ

  2−11話(最終話)  

「「きょ・・・共同戦線!?」」

沙也と斎は思わず、静流の言葉をおうむ返しした。そしてゆっくりと、その言葉に隠された意味を咀嚼していく。つまり静流と亜澄の関係性を表すとするならば、互いの利益が一致していたギブ&テイクな関係だったというわけだ。そこにはなんら男女の甘い空気は存在しない。
ここで重要となるのは互いの利益は何か、ということ。つまり沙也と斎に関わることである。ということは、やはり。答えはひとつしかない。

「・・・っ!なによ、つまり私と斎さんは二人の掌で弄ばれていたってこと!?」
「いやですねえ、人聞きの悪い。それを言うのなら恋愛の駆け引きですよ。ねえ、亜澄さん」
「そうよ。だってこのまま何もしなかったら、あなたたち意識もしてくれなさそうなんですもの。そうよね、斎?」
「ええ、俺っ?」
「なあに、口答えするの?私が今まで何のために寄ってくる男たちを振ってきたと思ってるの。それを、あんたは、にこにこと『やっぱり亜澄はもてるんだねえ』なんてのんきのこと言ったりして!私がどれだけ精神的苦痛を味わってきたと思ってるのよっ!」
「・・・え・・・なに?亜澄は俺のことが好」
「だったらなに?言わせないでよ、わかるでしょう!?じゃなかったら誰が腹黒男のことを好きなふりなんか、するもんですか!」
「あ・・・亜澄・・・!」

沙也は最初は驚きはしたものの、斎と亜澄の関係はこれはこれでいいんじゃないかと思い始めていた。確かに亜澄が周囲に与えているイメージと正反対であるにせよ、斎はこのギャップを受け入れているようだから。いとこなのだから、昔からこんな関係なのかもしれない。

「沙也さん、僕たちも行きますよ」
「え、ちょ、静流!?」

ぼーっと二人を眺めていた沙也だが、静流に腕を掴まれて引っ張られた。

「なによ、いきなり・・・」
「戻るんですよ。亜澄さんたちも積もる話があるようですし?それに、まだ球技大会の途中ですしね」
「あ、そっか・・・。って、ちょっと待って!私にだってあんたに言いたいことがたくさん――」
「ですから、それも帰りにたっぷりと聞きますよ」

にっこりといつもの笑み。心なしか、普段より嬉々とした様子が見え隠れしているのは気のせいだろうか。しかし逆に沙也には、それが恐ろしく思えるのだった。静流が楽しそうにしている、つまり沙也のことをどれだけいたぶろうとしているのか・・・そう考えてしまうからだ。
沙也には、彼に弱みを握られたような気がしてならなかった。

***


「・・・静流」
「なんでしょうか」
「手、離しなさいよ」
「いやです」
「なっ!」
「それより、何からお話しましょうか?」

現在、沙也と静流は家路へと二人で歩いているところである。
話すことも多いだろうから、ということでいったんは別れた二人。球技大会が終わったあと、一緒に下校しながら話そうということになったのだ。
そしてなぜか静流に手をつながれている。まるで逃げ出すことは許さない、と繋ぎとめているかのように。
別に沙也も、いやだというわけじゃない。ただ気恥ずかしくてならないだけ。静流に少しでも反抗しないと、そのまま絡めとられてしまう気がするのだ。

「静流、ことの顛末を全て話して」
「ああ、そうですねえ・・・。一応弁解しておきますと、この提案を持ちかけてきたのは亜澄さんですよ。彼女は斎に相当やきもきしていたみたいですから、あてつけのために僕が一番手頃だったみたいですね。それに純粋な取引ができるのも、僕が彼女に好意を抱かないとわかっていたからでしょうし。僕にもちょうど彼女と同じような状況だったので、互いに利用しあっていたわけです」
「ふうん・・・。で、なに?今回のこと、あんたは楽しんでたの?」
「・・・といいますと?」
「私と斎さんが慌ててるのを見て、してやったりって思ってたんじゃないの?当然よね、全部仕組んでたことなんだから」
「・・・・・・そんなこと思う余裕があったわけないでしょう」
「え?」

静流が立ち止まって、沙也のことを見下ろした。見下ろす表情はなぜか、真っ黒い笑みだ。
な、なななによ。なんでそんなに機嫌が悪そうなの?

「・・・沙也さんと斎が僕たちの思い通りになっていたなんて、そんなことありましたか?特に沙也さん。あなたはずいぶんと翻弄してくれましたしね」
「私が?」
「ええ。一歩近づいたかと思えば、離れていく・・・」

静流が沙也の髪に触れる。顔を覗き込むように、近づく距離。彼の表情はからかいを含んでおらず、切なげな表情をうかがい知ることができる。最近では珍しくなくなった、心臓の高鳴りが聞こえてきた。
沙也は、静流に対しての言動の数々を思い返していた。自分と彼の気持ちから逃げ出そうと、ずいぶん彼を遠ざけてきた。失言もたくさんしてしまったと思う。
そう考えると、沙也自身も彼を傷つけてしまっていたのだと、お互い様だったような気がしてくる。

「・・・しず」
「でも、もういいんですよ」
「え?」
「だって、沙也さんは僕のことが好きなんですよね?――誰かにとられたくないと、思うくらいに」

ぴきっと沙也の体が強張った。これは、ものすごく良くない展開に進んでいる予感がした。静流の空気が変わったのはもちろん、言葉にも強い響きがある。
言い逃れは許さない――そんな声が聞こえてきそうなほど。

「そっそれは・・・!!」
「いやあ、驚きましたねえ。あんなに必死になって気持ちを伝えてくれるなんて、よっぽど僕のことが好きなんですね」
「わ、忘れて!ちがうの、あれは」
「ちがう?何がちがうって言うんです?」
「あの時はただ、焦ってただけで!べ、別にあんたが言うほど好きじゃないんだからねっ」
「へえ?でも好きだってことは認めてくれるんですか」
「うっ」
「ねえ、沙也さん」

体を寄せて、言葉でも追い詰めてくる静流。卑怯だ。沙也がそれを否定できないのをわかっていて、わざと聞いてくるなんて。しかも、そのうれしそうな顔がずるいことこの上ない。からかっているのではなく、純粋に喜んでいるのが分かるからなおさらだ。
そんな顔されたら・・・嘘でも否定できるわけないじゃない。
沙也はぷいっと静流から視線をはずし、拗ねたようにつぶやいた。

「・・・わかってくるくせに」
「ええ、わかってますよ?それにほら、僕は言ったでしょう。欲しいものは必ず手に入れるって」
「・・・!」

――僕は、欲しいと思ったものは何をしても手に入れますよ。たとえそれが、あなたでもね――
――ふんっ。できるものならやってみなさいよ!――

あれは静流が告白してきたときのこと。まるで宣戦布告のように、二人の間で交わされた会話だった。

「僕の言った通りになったでしょう。もう逃がしませんよ、沙也さん?」
「いい気にならないで。それで私に勝ったつもり?私は・・・あんたの言いなりになるつもりはないんだから!」
「ええ。それは十分承知してます。ちょっとくらい抵抗してくれたほうが、張り合いがありますからね」

ずい、と壁際に追い詰められた。「逃がさない」、と静流は言う。その言葉が絶対的に響くなか、沙也はそれを簡単に了承したくない。
彼の言いなりになるなんて真っ平ごめんだ。その思いは自分の気持ちを自覚した今も変わらない。

「沙也さん」

艶を帯びた声に、沙也の体温が上昇する。今の静流の顔を見たら危険な気がした。だから努めて反応しないようにしていたのだが、それも静流によってあえなく崩される。
頬にちゅっと音がして触れたかと思えば、次は唇にもキスが落とされる。
不意打ちの、しかも一歩間違えば人目につく場所での口付けに、沙也は驚きのあまり目を見開いた。そして自らを呪う――静流がやたらと色気を振りまいて笑んでいたから。
彼の長い指が、沙也の唇に触れる。



「隙あり。先手必勝ですよ」
「・・・っ!い、今のはずるい!」
「どこがですか?悔しいなら沙也さんもどうぞ?」

沙也が頬を赤く染めつつも、静流をにらみつける。
ああ、悔しくてならない。
彼のしてやったりな顔がいっそ憎らしい。きっと、これで主導権を握ることができたとほくそ笑んでいるのだろう。沙也が反撃に出ることなどできないと思って、余裕をこいているに違いない。

上等だわ。その勝負、のってやろうじゃない。
それにこの男の手馴れた感じが腹立たしくてならない。あれだけ女の人とお付き合いしてたのは伊達じゃないってことね。
沙也のなかで認めたくはないが、黒々とした感情が押し寄せてきた。その感情に任せて、彼の胸倉を掴んで引き寄せた。そして唇に軽く自分のそれを押し付ける。色気もなにもあったものじゃない、触れるだけのキス。
今の彼女の精一杯の反抗だ。
触れたのは一瞬だったものの、静流は突然の出来事に対処できないでいる。ただただ、沙也を凝視するのみだった。

「ざまあみろ」

反撃の意図をその一言にこめて、静流から手を離した。くるりと踵を返し、彼に背を向ける。そしてなんでもないようなそぶりで、歩き出した。実際は頬の赤みを隠せていないことで、彼にばれたくないという思いからだったのだが。
人がいつ通るか分からない道で、なんてことをしてしまったんだろう。そこに思い至ると、恥ずかしくてたまらなくなる。沙也自身が自らの行動に戸惑い、だからこそ静流の反応を見届けることはできなかった。
ひたすらに前へ前へと彼女は歩き出している。


「・・・参りましたね」

沙也の反撃は功を奏していた。静流は彼女をからかうことも、その誘いに乗じることもできなかったのだ。はじめてでもないくせに、唇に触れたぬくもりに喜びすら感じている。
相当、重症だ。
彼は自分自身に苦笑しながらも、悪い気はしていなかった。
数ヶ月前、彼女を好きになるなんてこれっぽちも考えていなかったというのに。人生、何があるかわからない。今ならそれを実感を持って言える。

そろそろ彼女を追いかけていこうか、と静流は思う。彼女は自分のしたことに恥ずかしさを感じ、悶々としているであろう。
その様子を思い浮かべて笑みを漏らすと、前へと歩みだした。さて、この僕を出し抜いたお礼をどうしてやりましょうか?沙也さん。

まだ、彼女の恋心は自覚して間もない。それが分かっているからこそ、これから先の苦労が目に見えている。
その想いが再び固く閉ざされないように、その綻びを逃さず、僕のことでいっぱいにしてあげますよ。
――そんな思いを胸に秘めて、前を行く沙也に追いついた。案の定、仕掛けてきた彼女も真っ赤に染まっていた。
その反応に静流はうれしくなる。そう、彼女に一本とられたとしても、彼女との恋愛勝負はまだまだ始まったばかりなのだ。これから先、僕が翻弄して、勝ち続ければいいだけのこと。


「沙也さん?」
「な、に、よっ」
「いえ、別に。さあ、帰りましょうか」

静流は沙也の手をとる。そしてこれ見よがしに音を立てて、手の甲に口付けを落とした。まるで御伽噺の王子様のように。
――こいつは”王子”っていう柄じゃないけどね!
沙也は自分自身の感想を否定するように、頭の中で言葉をつむいだ。いくら容姿がそれらしくても、性格が伴っていなければ意味がない。

ああ、それにしてもなぜこんなやつを好きになってしまったんだろう。
これからのことを考えるだけで億劫だというのに。
それでも沙也にだって、わかってもいた。
今までの恋とは違うのだと。
自分自身の思いをぶつけて、静流の思いだって本気なのだとわかるから。
ただそれが、非常に悔しいというだけで。

だって、静流の宣言通りになっちゃったってことじゃないの。
だからこそ負けたような気持ちになる。そう、彼女は思っていた。
けれど、それと同時に相反する感情があるのも事実。

静流を好きになって、今こうしているのが幸せなのだから。

大切にしようと思う。
少しずつでも花が満開に咲き誇るように、二人でこの思いを。







恋綻頃(完結)
2011・5・11





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