恋綻頃

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  2−7話  

あれから静流の機嫌はかなり悪かった。その原因は沙也自身にあることは理解していたし、言ってはいけないことを言ってしまったと思う。けれども謝れるわけもない。そうすれば彼女の心のうちをすべて吐き出さなければならず、静流にはいえるわけがなかった。
それでも静流と沙也は一時期のように会話をしなかったわけでもなく、表面上は変わりなかった。いつも通り喧嘩もしたし、何事もなかったかのように感じられた。
テスト週間をはさみ、いよいよ球技大会の準備は佳境を迎えている。球技大会の前日、実行委員会で最終調整をする。そこで沙也は、静流と亜澄がふたりでいるところを見ることになったのだが、もやもやとした気分になった。
斎はあの二人のことをどうすればいいのか、わからなくなっているらしい。それは沙也も同じだった。自分が何をしたいのかわからないし、かすかな不安は胸に横たわったままだ。
――そんな時。偶然にも、亜澄と二人きりになる機会があった。委員会の割り振られた仕事が、亜澄と同じだったのだ。沙也と亜澄のクラスの男子同士が親しい仲だったようで、彼らが話し込んでいるため、彼女たち二人も話すことになったわけだ。
翌日使う器具を持ち運ぶ途中、彼女が惚れ惚れとする笑みを浮かべて話しかけてきた。

「あなた、都築くんの義妹さんね?」
「あっ。はい、そうです!」
「斎ともこの前、一緒にいたわよね。仲がいいの?」
「え?斎さんとは、静流の友達だからお兄さんみたいに仲良くしてもらってるだけですよ?」
「あら、そう?もしかして二人が付き合ってるんじゃないかしらって思っちゃったわ」
「ええ!?そんな、ちがいますよ!」

亜澄は沙也が思ってもみなかったことを尋ねてきたのだ。斎と付き合う、ということは一時あこがれていた時期を除けば考えたこともない。
亜澄先輩にはそう思わせちゃってたんだ・・・。
その事実を知って、沙也は少しばかり焦った。しかし斎のことを話題にして、「付き合ってるのか」と聞いてくるのなら、多少彼のことが気になっている証拠なのかもしれない。思い切って、亜澄に斎のことや静流について聞いてみたらどうだろうか。話の流れからいっても、不自然ではないはずだ。
そう考え始めたら、ものすごく名案に思えてきた。今のままでは斎も沙也も悶々とするばかりで八方塞がりだ。ここはひとつ、勇気を出してみるべきじゃない?

「あっ亜澄先輩こそ、うちの義兄とはどうなんですか?」

沙也は気になっていたことをそのまま尋ねた。亜澄がありのままを話してくれるとは思っていないが、何ごともやってみるべきだ。亜澄は彼女を見つめ返し、一瞬緊張感が漂った。

「それは・・・どうして聞きたいの?」
「え・・・っ。それは・・・・・・みんなが噂してるのもあるし、静流って見た目に反して毒舌だし全然やさしくないし、性格最悪な偽紳士で・・・今までのカノジョへの扱いも褒められたものじゃないしっ!だからこんな静流と亜澄先輩みたいに綺麗でおとしやかな人が付き合うのはもったいないと思って・・・」
「そうなの。心配してくれてありがとう、沙也さん」
「・・・亜澄先輩・・・!」

沙也は亜澄に気持ちが伝わったと思った。彼女は別に静流に興味を抱いているわけでもなく、心配することはなかったのだと思った。彼女は穏やかな笑みを浮かべながら沙也を見つめていたから、余計にその思いを強くしていたのだが・・・


「でも、悪いけれど私は私のしたいようにするわ」
「え?」
「それとも私が都築くん親しくすることに、義妹のあなたには関係あるのかしら?」

亜澄は笑みをたたえながら、そういいきった。沙也は言葉につまり、何も言い返すことはできなかった。
そうよ、私は義妹なのだから本来は口出す権利などない。関係ないはずだ、静流のことなんて。彼の恋愛関係を気にすることも今までなかったじゃない。それなのに、今回に限っていろいろ気にかかるのはどうしてだろう。
亜澄や静流に問いただして安心したい気持ちがどこかにある。斎のため、と言い聞かせながら真実はちがうとわかってもいた。本当は彼女自身が気になるのだ。
そして、彼女は亜澄を誤解していた。柔らかな雰囲気を持つと同時に、他の意見には惑わされない自分自身をしっかり持っている。だから彼女が抱いていた心配なんてまったく無意味だろう。
亜澄は、静流に熱を上げて傷つくというようなタイプではない。沙也などに言われなくとも彼女は浅はかな行動はとらないだろうし、むしろ彼女が熱を上げられる立場になる可能性のほうが……

私と斎さんは静流が亜澄先輩のことをまったく意識せず、真剣に彼女に向き合わないことを前提に話を進めていた。今やさしくするだけやさしくして、どうせ適当にあしらってしまうんだと思っていた。
けれど、本当に?なんで私たちはそんな楽観視しているの?静流が亜澄先輩に惹かれない保証なんてないのに――。
・・・そう信じたのは、きっとそっちのほうが都合がよかったから。物事はすごく簡単で、彼を牽制するだけでよかったから。そして・・・彼は私を「好き」だということを、疑いながらも心のどこかで信じていたから。表向きは信じられない、嘘なんじゃないかと彼の気持ちを否定しようとしておきながら、実際はうぬぼれていたのだ。
それは沙也にとって大きな衝撃だった。以前は気にもしていなかったことを、今ではこんなにも意識している。

「・・・沙也さん?」

黙り込んだ沙也を、亜澄が心配そうに顔を覗き込んだ。彼女はぱっと顔を上げて無理に明るい笑顔を作った。

「ごめんなさい、偉そうなこと言っちゃって。そうですよね、私には関係ないことだもの」

関係ない、関係ないんだから。沙也は言い聞かせるように何度も心の中で繰りかえした。斎さんには悪いけれど、もう二人のことに首を突っ込まないようにしよう。そうしなければ、私はとんでもないことをしてしまいそうだから。それにこんな風に悩んでいるのも私らしくない。
沙也はそれからとりとめのないことを亜澄と話しながら、作業に没頭した。湧き上がってきそうになる不安と懸念を追い払うためにも必要なことだった。


***

球技大会当日、学校はそれぞれのクラスの熱気に包まれていた。沙也は第一試合でバレーボールに参加して、勝利を収めていた。彼女が参加するものは、残るは午後にある一試合だけだった。球技大会は二日に渡って行われるため、午後の試合に勝つか負けるかで明日の試合日程が左右される。
そして午前中の最終試合が行われている現在、彼女は実行委員として試合の得点係をしていた。3年男子のバスケの試合で、一方のチームが圧倒している。そしてやたらと黄色い声援が多かった。同じクラス以外のギャラリーが大勢いるのもよくわかる。
沙也の隣にいる、見学に来た友人もずいぶん白熱した応援をしていた。

「おおっ!また入れた!すごい、静流さん!」
「・・・・・・そう?いやみったらしいことこのうえないけど」
「もう、沙也はいっつもそういうこと言う!」
「だってなんだかむかつくじゃない!てゆーかなんで私が、静流の試合を担当しなくちゃならないの!?」

沙也が受け持ちになった試合は偶然にも静流のチームだったのだ。静流のほかに運動部で女子に人気のある面々もそろっていた。つまり、容姿も運動能力も持ち合わせたメンバーが一堂に会しているのだから、女子がこの試合を見逃すはずはなかった。
静流はバスケ部でもなかったというのに、軽々とこなしてしまっている。それがまた彼女には腹立たしいひとつの要因だった。
彼はシュートを決めると、沙也をみた。彼女が彼の試合を担当していること、それを彼女がどれだけ嫌がっているのか知っているからおもしろがっているのだ。彼女のほうを見て口元を上げた。それが一番の、彼女を苛立たせる理由だ。
前半戦が終了し、静流が選手交代をしたようで彼女の元へやってきた。選手のベンチは反対側なので、得点を担当する沙也のところにわざわざ来る理由がわからない。

「なによ、あんたがいるべき場所は向こう側よ。ぼけちゃったの?」
「いやですね。さっきまで試合でがんばっていた選手にかける言葉がそれですか。本当にかわいくない人」
「ふんっ。あんたにかわいげ見せたってしょうがないじゃないの。どうせ実際そんなことしたら、気持ち悪がるくせに」
「沙也さんにかわいげがあるのかどうか、疑わしいことですけどね」
「何よ!私だって、好きな人にはちゃんとしおらしくするわよっ!」

静流のいやみになにげなくそう言い返した沙也だったが、言い終わった後にこれは二人の間の地雷だったことに気がついた。静流はじっと彼女を感情のない瞳で見つめた後、「そうですか」とだけ言ってぷいと顔を背けた。
彼女の言葉は静流が「好きな人」でもなんでもないと、暗に言っているようなものだった。彼女はそのことに気がついて自分の失言を後悔した。最近の私は、ずっとこうだ。静流にたいして後ろめたさを感じて、彼を見る。するとそういえば、と忘れていたことに気がついた。彼は今までの前半戦、試合に出っ放しだったのだ。涼しげな顔をしているけれど、実際は疲れているに違いない。しかも交代して直接沙也の側に来ている。

「・・・水分補給はした?タオルは?もう、なんですぐこっちに来ちゃったのよ」
「・・・・・・別に何でもいいじゃないですか」
「仕方ないなあ。タオルも予備を持ってきたし、水もあるから私のあげる。はい」

静流は素直に驚いた顔をしていた。沙也の申し出が意外だったようで一瞬考える間があった。その一瞬の間の理由が沙也にはわからなかった。けれどもすぐに静流は彼女が差し出したペットボトルとタオルを受け取った。

「・・・ありがとうございます」

静流は沙也に礼を言うと、タオルを首にかけて汗を拭きながら壁に寄りかかった。やはり、試合中ずっと走りっぱなしだったから疲労がたまっていたのだ。当然ながら汗臭いというか、男くさい。この言葉と静流が結びつくことになるなんて、彼女は思いもしなかった。彼はいつも涼しい顔をしているから、こういう男くささを感じる場面はめったにない。
だからすごく新鮮で不思議な気分だった。中性的な顔立ちも今はちがう色を帯びている。言い争いばかりしている”義兄”ではなく、別の”男”のような――。
意識しだすととまらなかった。彼は彼女から受け取ったペットボトルのふたを開けて、今まさに口をつけようとしているところだった。
・・・ちょっと待って、ちょっと待って。これって普通に間接キスじゃない・・・っ!
あっと思ったときにはすでに遅かった。彼は口をつけて、ごくごくと水を流し込んでいた。つい、じいっとその姿を凝視してしまう。一息ついたようで、ぬれた唇を簡単にぬぐうと、ふたを閉めて彼女に手渡してきた。

「助かりました、ありがとうございます。タオルは借りていていいですか?」
「え?あ・・・う、うん」

静流は一向に気にしていないらしい。沙也は自分だけがどぎまぎしているのがバカらしく思えた。
そうよ、これくらいなんだって言うの?別に気にすることなんてないのよ、全然!!
以前だって飲み物の回しあいくらいやっていたのだ。今頃意識することなんてまったくないはずだ。それなのに、顔のほてりはなかなか引いてくれない。彼には気づかれてはいけない、絶対に。気にしていることがばれては何を言われるかわかったものじゃないもの。

「沙也さん」
「なっなに?」
「気にしてるんですか?キスもした仲なのに」

周りに聞かれないように、静流が顔を寄せてそっと耳元でつぶやいた。ささやかれた言葉に衝撃を受けて見上げると、端正な顔に意地悪げな笑みが浮かんでいた。沙也が意識していたことを見抜いていたのだろう。その恥ずかしさも相成って、ぼっと顔が赤くなる。彼女は否定しても頬の赤みを見せては意味がない、と思いながらも否定せずに入られなかった。

「ちがうわよ!別に私は、気にしてなんかないんだから!!」
「そうですか?」
「そうよ!もう、仕事の邪魔だからベンチに帰りなさいよ!」
「わかりましたよ。仕方ないですねえ」

静流はムキになる沙也に笑みを漏らしながら、そろそろベンチに戻るべく彼女に背を向けた。やはり彼女とこういうやり取りをするのは実に楽しい。満足感を覚えて歩いていた彼の背後で、何かがあたったような大きな音がした。試合も一瞬時間が止まったようだった。たぶん、ギャラリーの誰かにボールでも当たったのだろう、と騒ぎを気にすることなく立ち去ろうと思ったのだが・・・。

「きゃあ!ちょっと沙也、大丈夫!?」











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