恋綻頃

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  2−6話  

「斎さんっ!ほんっとうにごめんなさい!!」

沙也は翌日、以前と同じ中庭に斎を呼び出し、昨日の話をすると謝罪した。言い合っているうちは興奮して気がつかなかったが、あれでは沙也が静流をけしかけたようなものだ。
そのせいで静流が亜澄に言い寄りでもしたら、彼女は斎に顔向けできない。沙也は後悔していた。どうしてあんなに感情的になってしまったんだろう。あんな言い方することなかったはずなのに…
むきになって、心にもないこと言って馬鹿みたいだ。理由はなんとなくわかっている。ヤキモチをやいていたかどうかは肯定できないが、気になっていたことは事実だった。
だから静流にからかわれたとき冷静でいられなくなって、つい反抗的な態度をとってしまった。それからはまさに売り言葉に買い言葉だった。謝る沙也に、斎は困ったように笑って頭を横にふった。

「気にしないで、沙也ちゃん。…俺だって似たようなものだから」
「……斎さん?」
「俺も、亜澄を怒らせちゃったんだ。放っておけって言われて…口も聞いてくれないし」
「……そうですか」

沙也と斎は互いにため息をついた。斎も斎で、彼女と同じく後悔しているのだろう。どんよりした空気が流れ、自分のしたことを思い返さずにはいられなかった。

「あっ…!沙也ちゃん!」
「え?」
「静流と亜澄がいる!」

斎に示された方向を見ると、たしかに静流と亜澄が一緒にいた。静流は彼女に宣言したように、亜澄と親しくするつもりなのだろうか。彼が女子と仲良く話す光景なんて、めったにない。カノジョでさえ、彼は極力つかず離れずの距離置いていた。
それだけ亜澄先輩が特別だっていうこと?
沙也はちくりと胸が痛んだ。今二人はなにやら親密そうに話し合っている。微笑みながら随分楽しそうに見えた。
彼は、亜澄のおとしやかさを見習えと言った。それに、以前彼が好きなタイプはおとなしくて女らしい人だとも言っていた。亜澄は見事彼のタイプに当て嵌まるし、容姿も完璧だ。
本当に静流が亜澄に惹かれていてもおかしくない。沙也が好きだと言っていたけれど、間違いに気がついて亜澄に興味をもったんじゃないだろうか。
それも仕方のないことのような気がした。同性の沙也からみても亜澄は、とても綺麗で魅力的だから。
……そう思うのに、なんでこんなにもイライラするの?
別にいいじゃない、静流が誰を好きだろうと私には関係ない。逆に、あいつに煩わされることもなくなって喜ぶべきじゃない?
頭のなかではわかってる。けれど感情面で納得しきれずにいた。

「……なんか悔しいなあ」

斎のつぶやきを耳にして、彼女は顔を上げる。彼は苦笑していた。

「ああやって見るとお似合いなんだよね。そう思うと、なんで俺は反対してるんだろうって気になるよ」
「そんなっ…だめです!斎さん、弱気になっちゃ負けですよ!」
「…沙也ちゃん」
「斎さんはいいんですか?このままだと亜澄先輩を静流に取られることになっちゃいますよ!そうなってからじゃ遅いし、だから…っ」

彼女は斎に訴えながら、どうして私はこんなに必死になっているのだろうと思っていた。斎に伝えながらもまるで自分自身に言い聞かせるように。

「・・・そうだよね。沙也ちゃんの言う通りだ」
「斎さん・・・」
「最近俺、ずっと亜澄のこと考えてたんだ。亜澄が静流に興味を持ったって聞いてから気になって仕方がなくて・・。これってやっぱり、俺は亜澄が好きってことなのかな・・・でもでも、俺たちいとこだし、ずっと一緒だったからそんな事考えたことなかったんだけど――」
「斎さん、そんなこと関係ありませんよ!好きなら好きでいいじゃないですか。私、応援しますから!それに亜澄先輩と斎さん、すっごくお似合いだと思いますっ」
「ありがとう、沙也ちゃん」

斎は照れくさそうに笑い、沙也も思わず頬が緩む。亜澄先輩と斎さんが付き合ってくれたらうれしいなあと素直に思っていた。彼はふと思い出したように、少しからかいの色を浮かべて尋ねた。

「・・・・・・ところで沙也ちゃんは静流のことどうなの?」
「ええ?」
「俺だけに白状させておいて、ひどいんじゃない?」
「そんな、私は何もありません!だって、あの静流ですよ?いつも私のことブスだとかなんだっていってくるし、喧嘩ばかりしてるし・・・!」
「でも、ちょっとくらい変わったことないの?」
「・・・変わったこと・・・」

彼の問いを彼女は繰り返し、思い浮かんだのは最近の静流の様子だった。昨日一瞬ではあるが見せたやさしげな視線だとか、静流のキスのことだとか・・・。正直に言えば二人の関係は変わっていないようで、着実に変わっている。そして、彼女の感情もわずかに揺らいでいる。
彼女はすべてを思い出すとかあっと赤くなってしまい、これでは何かがあったと教えるようなものだと思った。けれども彼女は簡単に認めることも肯定することもできない。相手が、恋愛対象外だったはずの静流だということで気恥ずかしくもあるし、今でもどこか信じきれない部分もあるから。だから、つい自分で否定したい気持ちもこめて大きな声を張り上げてしまった。

「静流となんて、絶対ありえません!だって、静流は私の好きなタイプとは真逆だし、一応義兄なんです!やっぱり私は優しい人が好きだし、それに比べて静流はいつもいやみばっかりで好きになるわけないじゃないですかっ!」

息を切らして一気に沙也はまくし立てた。斎はあまりの剣幕にぽかんとしている。彼女自身も、これだけムキになって否定する自分がバカらしく思えた。冷静さを欠いて感情の赴くままに発言するなんて、静流に短気で単純だといわれても文句が言えないではないか。
斎ははっとした様子で彼女の後ろを見た。驚愕と後ろめたさを感じている表情を見せて、彼女はいぶかしく思いながら振り向いたのだが――。

「・・・二人で何を話しこんでいるのかと思えば、ずいぶん楽しげな話をしていますね」

静流が、沙也の真後ろにいたのである。黒々として禍々しさすら感じる空気を漂わせ、笑んでいる。しかしもちろん笑っているわけではない、ただの作り笑顔だ。それが逆に恐怖を与え、彼が心底苛立っている様子が見て取れた。彼の後ろには亜澄がいる。二人はいつの間にか沙也と斎に気がついて、近くにいたのだろう。そして、先ほどの彼女の感情に任せた発言を聞いたわけだ。
沙也は後ろめたさを感じたし、言い過ぎたと思っていた。まさか本人に聞かれるとは思っていなかったから、言葉を選びもしなかったしその発言の重要性を考えもしなかったのだ。あんなこと言うんじゃなかった。強く否定したい気持ちに駆られたのは、芽生え始めた今までとは異なる感情を認めたくなかったから。
彼女は後悔していた。仮にも静流は彼女に好きだといっていた。その相手に全面的に否定するようなことを言うなんて、よくないに決まっている。謝るにも謝れないし、弁解するのもおかしい。だから彼女は、なんでもないような態度をとった。彼が何か言い返してくるならそれでいい、そう思いながら。
彼は、強い視線で彼女を見つめていた。彼女はそれに耐え切れず、ふいと顔をそらす。

「なっなによ、また何か言うつもり?」
「・・・・・・いえ。何も言いませんよ」

静流は一切感情の読めない調子で言った。彼に責められると思っていた沙也にとって驚きだったと同時に、不安も覚えた。私は取り返しのつかないことを言ってしまったの?彼が怒りを爆発させるなり、感情を吐露してくれたほうがよかった。
彼は踵を返し、彼女に背を向けて去っていく。彼女は何も言うことも追いかけることもできず、ただその後姿を見ることしかできなかった。






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