恋綻頃

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  2-5話  

斎に宣言したとおり、沙也は静流に問い詰めてやろうと意気込んでいた。彼が亜澄のことをどう思っているのか、どうするつもりなのか彼の口からきかなければならないし、あまり思わせぶりな態度をとってもらっては困る。
物事は単純明快、彼から望む答えをもらったらそれで済むと当初は思っていたのだが・・・彼女は、はっと気がついたのだ。いったいどうやって、どのように聞いたらいいのだろう。相手はあの静流だ。聞き方を間違えればきっと失敗する。
そう思い始めたら実行に移せず、ずるずると引っ張り続けてしまっていた。そして、彼女の心のどこかでしり込みする気持ちもあった。聞きたくないような、そんな不安な感じ。口では説明できない、もやもやだった。
悶々としたまま数日が過ぎた、日曜日。彼女の部活も午前中に終わり、静流や両親も全員が家にそろっていた。そこで突然母親が、

「今日は買い物に言って、ついでに夕飯を食べましょう!」

と出かける提案をした。父親は「いいね」とうなずき、静流も肯定の意を笑みで表している。沙也にも断る理由はないし、買い物に出かける機会もあまりないので、母親の提案はうれしいものだった。4人は地下鉄で、一番大きな駅に向かった。栄えているところなので、ご飯を食べるにも買い物をするにもうってつけの場所だった。

「沙也、静流くん。私たちは今からデートしてくるから、いったん別行動ね。またご飯食べるときは連絡するわ」
「・・・はいはい」
「わかりました、ごゆっくり」
「あんたたちもはたから見るとデートしてるようにも見えるわね」
「なっ、ば、バカなこと言わないでよ!」
「あらやだ、何怒ってるの。じゃあね〜」

両親はそれだけ言い残して、人ごみに消えていった。静流と二人取り残された沙也は、「またか」という思いがする。家族で出かけることになっても、大体いつもこのパターンだ。まあ、再婚して4年ほどしか経っていないし、お互い仕事をしているので夫婦の二人きりの時間も必要なのだろう。
両親の事情はわかっているつもりだが、今静流と二人にされるのは正直、うれしいものではなかった。静流とも別行動をしたほうが楽だ。以前だって別に彼と仲良く時間をつぶしていたわけじゃない。沙也は女の子らしく服が見たいし、静流が彼女の趣味に付き合うはずもなく本屋で過ごしていた。
「じゃあ」と静流ともいったん別れようとしたとき、彼女は手を掴まれ、動けなくなった。後ろを振り向けば案の定、静流に引き止められている。

「どこにいくつもりですか?」
「え・・・どこって、いつもみたいに服を見にくけど・・・?」
「そうですか。じゃあ、いきますよ」
「え!?ちょ、静流!どうしたの、珍しいじゃない!いっつもあんなに付き合いたがらなかったくせに!」
「・・・・・・あなたという人は、本当に野暮ですねえ」
「・・・どういうこと?」
「いえ、いいんです。沙也さんが鈍感で野暮な人だってことくらい重々承知ですから。さあ、僕たちもデートしますよ」

くすりと静流が笑う。それでもその笑いは彼女をバカにしたものではなく、純粋な笑みに見えた。静流の珍しい表情にたいして彼女がぽかんとしているうちに、彼は歩き出していた。はっと気づいたときには二人の手はいつの間にか繋がれていて、沙也は彼の背中を見る。
今まで、こんな形で手を繋ぐことなんてなかったのに。ああいう笑みを見せることもなかったのに。それに、「デート」といった。その言葉の意味を彼はわかっているのだろうか?


***

常日頃にない静流に戸惑いながらも、沙也はお気に入りのショップに向かった。服の可愛さはもちろん、値段も手ごろで自分のお小遣いの中からでもやりくりできるのが魅力だった。彼は、本当に彼女が行きたいと思ったところについてきた。
途中でまた文句やらいやみやらを言い出すのかと思ったけれど、おとなしかったのが意外で少し拍子抜けをした。彼が突っかかることなく話を聞いてくれるものだから、楽しいとさえ思った。・・・いつもこうだったらいいのに、とこっそり胸のうちでつぶやかずにはいられない。

まだ時間が余っていたのでお茶をしようということになり、二人は店に入った。店内は日曜日の午後ということもあり、満席だ。そしてやたらとカップルが多い。その中に彼と二人でいるというのも、なんだかやけに気まずいようでもあった。
言い合いをしていたらこの雰囲気を気にすることはなかったろうが、今はちがう。静流はけんかをふっかけてこないし、おだやかな空気が流れている。こうした時間が珍しいことから、沙也は少々落ち着かなかった。
これでは本当に「デート」みたいだ。いや、でも、静流とデートなんてありえない。これは一般的で普通の兄妹関係になっただけだ。今までがおかしかったから、落差を意識して変なことを考えてしまうのだ。彼女はそう結論付けて、カプチーノに口をつけた。
・・・・・・やっぱり静流といると目立つなあ・・・・・・
視線がすごく集まっている気がする。だが当の本人は淡々としているし、まったく気にしたそぶりも見せない。・・・沙也からみても、たしかに綺麗な顔をしているとは思う。男のくせに肌はきめ細かだし、癖のない黒髪もうらやましいし、中性的な顔立ちをしているように見えるが、それでも女に見えることはない。男でも痩せすぎだったりなよなよしているような人もいるが、彼にいたっては当てはまらない。均整の取れた体つきをしている。
それが、沙也の義兄。親の関係で義兄妹にならなければ、話すタイプでもなかっただろう。完ぺきすぎて近寄りがたいし、男でも少しは愛嬌があったほうがいい。

「なんですか、そんなにじっとみて」
「べ、べつに」

静流にじっと見ていたことがばれて、彼女はうろたえた。今まで彼をこうやって見つめたこともなかったので、なんだか気恥ずかしかった。彼は、彼女のうろたえぶりを見て楽しげにしている。それも悔しくて、つい口が滑ってしまった。

「そっそれより、静流!最近、亜澄先輩と仲がいいそうじゃない」

ずいぶん頭が回らなくなっていたのだろう。オブラートに包むこともなく、遠まわしに誘導するでもなく、直球で聞いてしまった。自分で自分の言ったことに気がついたとたん、彼女は後悔した。なんでこのタイミングで聞いてしまったのだろう。なんでこんなストレートに聞いてしまったんだろう。
これでは、彼と亜澄のことが気になって仕方がないみたいだ。もっとさりげなく聞くつもりだったのに、何たる墓穴。
彼は一瞬、彼女の話が飲み込めずぽかんとしていたが、すぐに察したらしい。そして案の定、ニヤニヤと口元に笑みを浮かべている。

「なんですか、沙也さん。やきもちですか?」
「ちっちが!うぬぼれないでよね!誰がやきもちなんかやくもんですかっ!」
「そんなこといって、赤くなってますよ?」
「〜〜〜っ!」
沙也も自分がいかに赤くなっているかわかっていたから、余計反論すべき言葉が見つからなかった。これじゃあ、本当にヤキモチやいてるみたいだ。静流のしたり顔が腹立たしくて、ぷいと顔を横に向けた。すると彼はテーブル越しに身を乗り出して、彼女の顎に手を添えるとくいっと真正面に向けさせる。
突然の至近距離に彼女はまた体温が上がり、赤みが増すのがわかった。
だって、こんな、近い距離で見つめられた経験なんてない。

「意識してるんでしょう?」

沙也は否定しようとした。ちがう、と叫びたかった。しかし彼は問い掛けの形をとっているものの、反論させる気はないようで指で彼女の唇をなでる。
彼女が赤くなって戸惑っている様子に、彼はどれだけおもしろがっているのだろうと思った。楽しげに笑っているのだろうかと思った。
けれど、彼女は彼の表情を見て驚いてしまった。穏やかに彼女を見つめ、からかいの色はない。浮かべている微笑みに、彼女を馬鹿にする色を見つけ出せなかった。
それよりもむしろ、まるで愛おしむように――
ありえない。そんなことあるだろうか。彼女はその考えを打ち消そうとした。
やめてほしい、そんな風に見ないでほしい。どうしたらいいかわからなくなってしまう。いやみたらしく彼女につっかかる静流はどこにいってしまったのだろう。
いつもの彼なら楽だった。素直に感情を表して怒ることができたし、悩まされることはなかった。
だけど、今は違う。
沙也はなんとか彼の手から逃れると、声をしぼり出して否定しようとした。

「馬鹿なこと言わないで。私がヤキモチやく理由なんてないじゃない!私が気になったのは………いっ斎さんのためよ!」
「……斎?どうしてここで斎が出てくるんですか」
「そ、それは……」

沙也は静流の問いに口ごもった。斎と亜澄の話をしていいものか彼女にはわからなかったし、彼がどんな反応を返してくるか想像もつかない。それに、斎の亜澄への恋心もまだ発達段階で下手に吹聴してはいけない気がする。
静流の空気がぴりぴりとし始めたことに、彼女は考え込んでいて気がつかなかった。

「静流には関係ないわ。これは私と斎さんの話なんだから」
「……斎と……ねえ」
「だから静流に話すことなんてないの。それより、まだ質問に答えてないわよ、
静流!」
「……なぜあなたに話さなくちゃならないんです?」
「え?」

ふてぶてしく静流は腕を胸の前で組んで、彼女を冷ややかに見た。彼女は先程と打って変わって、険悪な雰囲気になったことにわずかに怯む。

「これは僕の問題だし、あなたの質問に答える義務もありません」
「なっなによ!なんでもないなら答えてくれてもいいじゃない。それとも何?本当に亜澄先輩に気があるわけ!?」
「…………そうですね。興味をもってもいいかもしれない」

静流がぽつりとつぶやいた言葉に彼女は驚きを隠せなかった。挑発するように「亜澄に気があるのか」と言ったが、肯定は予期していなかったのだ。
あんぐりと口をあけたまま、彼女は彼を凝視する。彼はふん、と鼻を鳴らして彼女に向き直った。

「亜澄さんは沙也さんのようにがさつで短気で子供っぽい人ではないですし?沙也さんとは大違いですよね!慎ましさとしとやかさでも彼女に学んだらどうですかっ!」
「なっなによそれ!誰ががさつで短気で子供っぽいって!?」
「沙也さん以外に誰がいるんです。とにかく、沙也さんの質問にはお答えできませんし、僕は自分の好きなようにします」
「……ちょっと待って!それって…亜澄先輩と親しくしたいってこと!?」

沙也が叫ぶようにして問うと、静流が不機嫌さ丸だしで睨み付けてきた。そして静かに立ち上がり、彼女を見下ろす。

「あなたの好きなようにとればいいでしょう!」]
「ああ、はい、そうするわよ!それによく考えてみれば私には静流が何をしようと関係ないしねっ!静流がそうしたいなら、亜澄先輩と仲良くしたら!!」
「・・・・・・いいでしょう。あなたのお望みどおりにしてあげますよ」
静流は苛立ちを滲ませた声でつぶやき、そのまま沙也に背を向けると店を出て行った。取り残された彼女自身も頭に血が上った状態で「勝手にすればいいわ」と思っていた。まさに売り言葉に買い言葉だ。
両親と合流しても、二人の関係は最悪だった。短時間の間にまた喧嘩でもしたのかと父親が心配していたが、理由なんて話せるわけがない。ただひたすら互いに相手の存在を無視して口を閉ざしていた。
――まずいことになったと彼女がやっと気づくのは、しばらくして冷静を取り戻してからのこと。






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