恋綻頃

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  2−4話  

実行委員会があってから数日後、沙也はクラスで時間をもらい、球技大会で各自が参加する種目決めをした。バスケットボール、バレーボール、サッカー、テニスがあり、それぞれ希望にしたがって決めるわけだが、なかなかすんなり決まるはずもなかった。
結局はじゃんけんで平和的に解決させ、なんとか決着がつくと、沙也はひとつ委員の仕事が終わった気がした。あとは出場選手の名簿を作って、次回の委員会のとき提出すれよかった。その後の仕事は、期末テスト後の球技大会の準備や、当日の得点係をすればいいのだ。
帰りのホームルームが終わると、美佐が労をねぎらいに沙也の元に来た。

「ご苦労様、沙也。実行委員も大変だねー」
「ありがと、美佐。本当だよ、想像以上に大変だった」
「・・・ねえねえ、静流さんと亜澄先輩の美男美女が実行委員会を率いることになったって本当?」
「亜澄先輩?」
「知らない?ものすごぉく綺麗な、大和撫子って感じの人。牧原亜澄(あすみ)先輩っていうんだけど」
「ああ、あの人・・・亜澄先輩って言うんだ」

沙也は委員会のときの彼女の姿を思い出す。確かに物腰の優雅さとか柔らかさは「大和撫子」といいたくなるかもしれない。
美佐はさらに声を落としてささやいた。

「それでね、あまりに絵になる二人じゃない?だから今、その噂で持ちきりなのよ」
「噂?」
「静流さんと亜澄先輩が付き合ってるんじゃないかって噂」
「はいっ!?」

沙也は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。寝耳に水な噂だし、静流の身辺も特に変わったこともない。そもそも、今までの彼のカノジョたちと雰囲気がちがうのだ。歴代のカノジョたちはさすがあの男と付き合おうとするだけあって、積極的で世慣れた雰囲気だった。
一方沙也も見惚れた亜澄先輩は、奥ゆかしく清楚な感じの人で、静流のように簡単に彼女を変えてきた男と付き合うタイプではないと思っていた。
・・・しかし、今まで彼がつきあいはじめたときも、静流から直接聞いたことはない。いつも友達から噂を聞くか、学校で静流と登校しているときに会って初めて知るか、どちらかだった。だから沙也にも真実はわからない。

「沙也も知らないかあ。やっぱり実行委員で一緒に行動することもあるし、くっつくんじゃないかっていう予想が先行してるのかもね」

美佐は納得したようにそういって、この話を締めくくった。静流と沙也の微妙な関係を知らない美佐は簡単に話したが、彼女には心中複雑な思いが渦巻いていた。



***

静流と亜澄先輩・・・・・・かあ。
沙也は昼休みに購買に向かう途中で、今日聞いた話をぼんやりと考えていた。この前の委員会を終わった後にもあの二人の話をしていた人がいたから、「付き合っている」なんていう噂が先立つのも不思議ではなかった。
彼女も以前ならこういった噂を耳にしても聞き流していたかもしれない。静流が誰と付き合おうと関係なかった。――けれど。

「あれは・・・」

ふと、沙也は足を止めた。視線の先には、今まで頭にあった二人の姿。間違えようもなく、あの人目をひく男女は静流と亜澄だった。廊下でなにやら話し込んでいる。
沙也はなんとなく気まずくて見つからないように隠れてしまった。
私・・・何隠れてるんだろう・・・。
とっさの自分の行動に自問自答する。だが、理由はわからない。きっと、二人に自分を見つけられることに気後れしただけだ。

沙也はちらりと二人の姿を見た。
確かに絵になる二人だと思う。亜澄はロングストレートの黒髪で和風美人だし、静流も黙っていれば端正な顔立ちの紳士だ。双方物腰が柔らかいので気品さえ感じられる。お似合いだと思うし、あれが義兄でなければ理想のカップルとさえ思ったかもしれない。
静流がいつものように微笑んでいる。しかし、今日はそれが無性に腹立たしかった。
というか、私に告白したり好き勝手・・・・・・したりしてきたくせに、すでに他の女の人と噂になるってどういうことよ。
委員会のときも亜澄に誘われたらあっさり副委員長になったし、今だって親しげに話している。
静流のことがわからない。沙也のことが好きだといいながら、いやみはやめようとしないし、不意に態度を変える。どうしても彼の気持ちが疑わしいと思ってしまうのだ。片思いはいくつかしてきたものの、恋愛経験値はまったくといっていいほどない彼女には、不可解でしかなかった。
そもそも、彼が自分を「好き」という理由もわからないのだ。いつもあれだけ沙也の悪口を並べ立て、喧嘩をしながらもなぜ「好き」なのか。彼女も自分が特別かわいいわけでも、美人でもないことは知っていた。短所だってわかってるし、もっと女の子らしくなりたいとも思っている。
自分でもそういった意識でいるからこそ、彼がどこに惹かれたのか理解できない。
やっぱり・・・からかってただけじゃないのかな。
そう思うと少し気分が沈んだ。

「亜澄・・・・・・」

ぽつりとどこからか声が聞こえた。自分の考えに沈みこんでいた彼女がぱっと顔を上げると、同じように物陰に男子生徒がいた。誰かと思えば、それは――

「えっ!?い、斎さんっ!?」
「さっ沙也ちゃん!!」
「どうしたんですか、こんなところで・・・・・・」 

その男子生徒は静流の友人であり、沙也にとってもなじみの深い斎だったのである。こんなところでなにをしているんだろう?彼女は自らも同じ状況にいるというのに、それを棚上げして疑問に思った。
彼女も驚いたが、斎のほうもずいぶん驚いたらしい。彼はまずいところを見つかったかのようにうろたえていた。

「ああ、うん。少し・・・っ!ごめん、沙也ちゃんここじゃ話せない!こっちきて!!」
「えっ!?あ、はい?」

沙也は常にない斎の様子が気になり、言われたとおりおとなしくついていくことにした。いつもにこやかで、おおらかな斎が今日はどうしたのだろう。



***


「えっ!あの亜澄先輩って斎さんのいとこなんですかっ?」
「うん、そうなんだ。母方のね」

沙也と斎は人目のない学校の中庭にたどり着き、そこで彼が話を始めた。亜澄が斎のいとこだという話を聞き、彼女は少なからず驚く。斎はまた、はああ・・・と大きくため息をついて、だいぶ落ち込んでいるようだった。きっと、今から話すことが重要なのだろう。

「それで・・・あそこで何をしていたんですか?」
「うん・・・実は亜澄のことですごく困ってるんだ」
「亜澄先輩のことで?」
「そう、亜澄が・・・亜澄がさ、どうやら静流に興味を持ったみたいなんだよね!どう思う、沙也ちゃんっ!てか俺はどうすればいいの!」
「ええっ!?」

・・・どういうこと?周りが勝手に騒いでいるだけじゃなかったっていうの?
沙也は不覚にも心臓がはねる音を聴いた。斎は彼女に与えた衝撃に気づくことなく、先を続ける。

「・・・静流ってなんだかんだで友人としては好きだけど、女の付き合い方の点では最悪でしょ?あいつは基本人に無関心だし、誰かを気に入るなんてめったにないし、どうせろくなことにならないって思うんだよ!」
「同感です、斎さん!」
「うん・・・それで俺、心配でさあ・・・なんで静流なんだろうって思った。亜澄に打ち明けられたとき、言ったんだよ。本気じゃないなら興味本位で近づくのはやめたほうがいいって!・・・でも『そんな理由で心配されても迷惑』って言われちゃってさ・・・」
「斎さん・・・」
「亜澄はかわいいし美人だしもてるけど、今まで男をはねつけてきたんだ。それに自分から興味を持つこともなかった。だからこそ俺驚いて・・・それに相手がよりによって静流だし・・・。心配でたまらないんだけど、静流言うにいえないし!」
「・・・斎さんって、もしかして・・・亜澄先輩のことが好きなんですか?」

沙也は気がついた。「心配」という言葉を使っているけれど、斎は亜澄のことを気にかけているし、焦りを覚えているようだった。だからごく普通に考えて、彼は亜澄のことを好きなのではないかと思ったのだ。
しかし斎は沙也の問いに、驚いたように目を見開いて、ばっと彼女に目を向けた。

「ええっ、俺が?亜澄を?ち、ちがうよ!ただ俺は、いとことして心配してるだけだし!」
「ふーん、そうなんですか?」
「そうそうっ!!」

大きく頭を振って肯定した斎だが、頬に赤みがさしている。どう見ても動揺しているし、彼は考えたことがないようだった。けれども、気づくのも時間の問題のはずだ。沙也は斎のことを応援したいと思った。静流とタイプはちがうけれど、甘い顔立ちをしている斎は亜澄と並んでもよく映えることだろう。
それに、斎の話を聞く限り恋愛を多くしてきたわけでもない亜澄が、静流に本気になるというのも危険な気がする。あの男は一筋縄ではいかないし、かなりの曲者なのだから。彼の外面が紳士的なのも亜澄を期待させてしまうかもしれない。
そうよ、あんなおとしやかで綺麗な人を静流の毒牙にはかけさせたくない!

「斎さん!私も協力します!」
「え・・・?」
「一緒に亜澄先輩を守りましょう!!」
「でも、沙也ちゃんに迷惑かけるには・・・」
「そんな、迷惑なんかじゃありませんよ!それに静流がからんでるのなら私にも関係ありますから」
「でもどうやって?」
「そうですね・・・。とりあえず一回静流と話をしてみます。亜澄先輩のために、がんばりましょう!斎さん!」
「・・・沙也ちゃん!ありがとう、心強いよ!」

ぱあっと顔を輝かせて斎が沙也の手を握った。彼女の目の前に、彼の笑顔がある。彼はやさしく甘めの顔立ちをしているし、性格もおおらかで、笑顔もすごく自然で素敵だ。十分、彼女のイケメンの範疇に入っている。
そういえば、一時期斎さんに片思いしてたことがあったなあ・・・。なんで失恋したかは覚えてないけど・・・。
沙也はそんな事を思い出していた。彼女にとっては数多き恋のひとつで、いつだったか、どうやってその恋が終わったのかは例のごとく覚えていない。そんな淡すぎる思いだった。それに今は、というかずっと「静流の友人」で「良きお兄さん」という感情しか持っていない。ただ顔は好みなので、眼福だと思いはするけれど。
彼女は斎に宣言したことを実行するために、まず静流と話をしようと思った。彼女自身否定してはいるが、心のどこかで気になって仕方がなかった。










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