恋綻頃

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  2−3話  

沙也の静流にたいする態度が、最近少し変わったかもしれない。やっと意識し始めたようで、彼と距離感を保とうとしているし警戒もしている。いい兆候だと、静流はほくそ笑んでいた。
荒療治だが、鈍くていろいろと疎い沙也に彼を意識させるには、あれくらい強引に迫らなくては効果がない。
それにキスなり、迫ったときの彼女の態度がおもしろくて仕方なかった。それは彼女にブスだの暴言をはいていたときとは違う楽しさだった。戸惑い恥ずかしそうに頬を染め、言い返すときも声が上ずったりしているのがかなり新鮮だ。

普段はあんなに勝ち気な彼女が、途端に弱々しい女の子の態度になる。沙也はああやってキスされたり迫られたこともないだろうから、あの表情を知っているのは自分だけだと思うと、気分がいい。
怒り以外の表情を静流に見せることがめったにないから、なおさらだった。…沙也の笑顔を見るべく優しくしようとしないのが彼らしいところでもあったが。
それにしても…静流は自分のことながら驚きだった。まさか沙也をくどき落とそうとする日が来るとは思わなかったし、彼女を女として見て触れようなどとは想像してもなかった。
沙也に触れたいと、キスしたいと、もしくはそれ以上の想像まで広げるなんて相当彼女に毒されている。
沙也に自分を意識させてやろうと軽い気持ちで彼女を組み敷いたが、彼はすぐに後悔したのだ。怯えの色を見せて抵抗してこない沙也に甘い欲望を抱いてしまった。からかって下着姿を見たこともあったし、夏には肌を露出させた沙也を見たこともあった。けれどそのときは何の感情も動かなかった。
それなのに、今はどうであろうか。しっかりと意識してしまっている。沙也に彼を意識させるつもりが逆に、本当に彼女に恋しているのだと改めて自覚させられているのだ。ミイラ取りがミイラになるとはこのことを言うのだろう。
沙也が静流のことを意識して「好き」だと思ってくれるまで、まだまだかかるはずだ。気が長くもない彼は、手っ取り早く彼女を手に入れるためにはどうしたものかと考えていた。静流の頭の中では沙也が彼以外の誰かを好きになる、という可能性は排除されている。それだけ、彼が本気になったからにはほかの男に渡す気は毛頭なかったのだ。
偶然、静流は沙也を窓の外から見た。今は掃除の時間である。彼が担当の廊下掃除を適度にサボりつつ、外を見やっていたところに彼女が現れたのだった。友人とごみ捨てに行く途中のようで、大きなゴミ袋を抱えて歩いている。ふっと思わず頬を緩めた静流だが、すぐに眉根を寄せた。
沙也に親しく話しかける男がいる。どうも見かけたことがあると思えば、彼女と一時期付き合っていた天野だった。付き合っていたというにはあまりに幼い関係だったが、それでも静流には苦々しい。
別れたにもかかわらず、彼とは友達づきあいをしているようで、相変わらず楽しげに笑っている。感じるようになって久しい苛立ちを何とか抑え込め、ささいなことで嫉妬する自分に彼は苦笑もした。本当に最近こんな調子で、以前の冷静さが思い出せないのだ。

「都築くん」

外を眺めていた静流に、落ち着いた女の声がかかった。その声のほうを見れば、長いストレートの髪をしておしとやかな雰囲気をまとった女子生徒がいる。彼女のことは静流も知っていた。同学年で隣のクラスの、才女でもあり男子生徒からの人気も高い美人だった。
そういった情報を知ってはいたが、特に話をしたことがあるわけでもない。彼はいつもの、柔和な笑みを作った。
彼女のほうも、にこやかな笑みを浮かべている。静流はこのあでやかな笑みに多くの男子生徒は篭絡されているのだと、冷静に分析していた。いったい何の用なのだろうか。何かしら重大な話があるに違いない。

「少しお時間いいかしら。あなたに話があるの」



***


沙也たちが通う高校では7月に球技大会が行われる。体育祭や文化祭と並ぶ一大イベントで、生徒会とクラスから選ばれた男女各1名ずつの実行委員が主導するのだ。とはいっても中心は生徒会だから、実行委員はクラスを取りまとめ、当日は審判を請け負う程度である。その開催を一ヶ月前に控えた今、沙也は球技大会実行委員会があることを担任の連絡から知った。
沙也はその実行委員だった。4月に委員会やクラスの係りを決めたときに、じゃんけんに負けてこの面倒くさい仕事を押し付けられたのだ。

放課後沙也は同じクラスの委員の男子と一緒に、委員会が開かれる教室へと向かった。早く部活に行きたいし、すぐ終わってくれないかなあと期待しながら教室へ入っていくと、意外な人物がいた。

「・・・・・・なんで静流がいるの!?」
「なんでって、失礼な人ですね」

そう、静流がいたのである。何たる偶然。正直、すごくいやだ。兄妹そろって仲良く同じ委員会なんて楽しくもない。さらに彼女の憂鬱は増した。
席に着き、彼女はふと前に見ると一人の女子生徒に目を奪われた。同性の沙也からみても、とてもきれいで素敵な和風美人だ。おとなっぽいし、同学年ではみたことがないからきっと3年生だろう。こんな綺麗な人がいたなんて知らなかったなあ・・・。沙也はつい、凝視してしまった。

「何ぼけっとしてるんですか、沙也さん」
「うっうるさいわね。私は・・・ただ、あの人が綺麗だなって思っただけよ。静流と同学年でしょ?」
「ああ、彼女ですか・・・そうですね。・・・たしかに沙也さんとは比べ物にならないくらいきれいですよね。雰囲気もがさつな沙也さんとは違っておしとやかですし」
「はっ!?喧嘩売ってるの!?」
「いえいえ、まさか。真実を言ったまでですが。――っと、委員会が始まるようですよ。怒鳴り散らかさないでくださいね」
「・・・・・・むかつく。覚えてなさいっ」

いやみを言うだけ言って、言い逃げなんて最悪っ!静流はクラスごとに分けられた、3年生が固まっている前の席に着席した。ちょうど隣が、例の綺麗な人だ。
担当の教師と生徒会役員数名がきて、委員会が進行を始める中沙也はむかむかした感情をもてあましていた。がさつで悪かったわね、おとしやかでなくて悪かったわね・・・! 静流は、こういう沙也をイライラさせるところだけはまったく変わっていない。
球技大会の種目、次回の委員会までにクラスで決定すべき用件や伝達事項など・・・委員会の話の内容はそんな感じだった。

「・・・えー、最後に実行委員長と副委員長を決めて、生徒会と連携して動いてほしいんですが・・・だれかやってくれる人いませんか?」

しんとその場は静まっている。立候補して積極的に球技大会を推進させようと思う人も、なかなかいないだろう・・・。沙也はそう思っていた。彼女には部活もあるし、先頭に立って計画を進めていくタイプでもないので、自分には無関係だと決め込んでいた。
けれどもこのままの空気が続くなら、じゃんけんで強制的に決まるかもしれない。

「――じゃあ、私がやります」

沈黙を破ったのは、先ほど沙也が見惚れた女子生徒だった。美人なだけじゃなく、みんなが敬遠する仕事をする行動力まであるなんて、どれほどできた人だろう・・・。沙也はなんだか感動した気持ちでいたが、周りも同じような感想を抱いたようで、彼女に注目が集まった。
生徒会の人も立候補者の登場に安堵したようで、次は副委員長の話に移った。委員長が女子生徒なので、男子生徒はどうですか、と話がふられた。

「ねえ、都築くん・・・一緒にやらないかしら・・・?」

彼女が隣の席にいた静流を誘いかけた。惚れ惚れするような笑みを見せて、強制するような響きはなく、自然な誘いだった。だが、沙也には静流がこんな面倒くさい仕事を引き受けるとは思えなかった。行事に熱血するタイプでもなく、何かをやり遂げて感動するというタイプでもないのだ。
――しかし。

「・・・そうですね。たまにはやってみてもいいかもしれません」

静流の方もにっこり微笑んで、承諾したのだ。まさに青天の霹靂だった。彼が副委員長という役目を引き受けるなんて信じられなかった。丁寧な物言いで断るとばかり思っていたのに。
彼の承諾によって委員会は無事終了し、次回の委員会の日程を知らされた。委員長と副委員長には別に話があるということで、二人は生徒会の人と話していた。
ほかの委員たちはがやがやと教室を急ぎ足で出るものが多く、沙也もそのうちの一人だった。教室を出るときには、決定した実行委員長たちの話題を皆が話していた。

「委員長に立候補した人、すごく綺麗だったねー」
「大人っぽくて素敵だったよね!それにさ、副委員長のひともかっこよくない?」
「そうそう、イケメンだった!!なんか二人とも花があるよね、目の保養っていうか!ちょっと委員会出る楽しみができたんだけど」
「ねー!」

沙也はそんな話が交わされるのを聞いていた。静流がイケメン・・・というのは彼女の好みとずれているので認めるのは癪だが、世間一般的にはそうなのだろうと思う。「美形」ともいうのだろう。そして名前の知らない綺麗な彼女は言うまでもないほど、美人だった。
静流のカノジョたちも確かに綺麗だったが、それとは一線を画すようなタイプだ。

この、いかにも目立つ容姿の二人が委員長と副委員長という役目につけば盛り上がるのは当然だろう。沙也は去り際、前のほうにいるうわさの二人を見た。静流は気づくことなく、生徒会の人と話し合っていた。
彼女はすぐに顔をそらし、武道場へと走り出した。なんとなく、気持ちが急いていて歩いてなどいられなかったから。









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