恋綻頃

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  2−2話  

沙也は朝の出来事を引きずったまま、部活の朝練をした。静流は部活動はしていないし、朝早くから学校に来て何をしているのかと思えば、補習をとっているらしい。
朝練を終えて教室に着くと、沙也と同じく部活動をしてきた人たちがぞろぞろと到着していた。沙也の友人たちもきて、挨拶を交し合った。

「沙也、おはよう」
「・・・おはよ、美佐」
「なに、ぐったりして。そんなに朝練きついの?」
「いやー、そうじゃなくて・・・」
「ああ、もしかして静流さんとの喧嘩?ほんと毎日毎日兄妹喧嘩してるわよねー、飽きないの?」
「好きでしてるわけじゃないんだけど・・・」

しかも今日は喧嘩で疲れたというより、別のことが大きな原因だった。あんな・・・キスをされて、気にしないほうがおかしい。思い出してしまうと、恥ずかしくて死にそうになる。しかも静流相手だということを考えると余計に。
美佐は沙也の考えていることに気づくことなく、話を続けた。

「そういえばさ、静流さんカノジョと別れたんだねー」
「そうみたいだね」
「で、新しいカノジョ作るのかなーって思ったらどうも違うみたいね」
「え?」
「なんか、いち早く告白した人たちがいるみたいなのよ。いつもは告白してきた人と適当に付き合ってたじゃない?でも今回は全部断ってるんだって。なかにはかわいくてモテる人がいたにもかかわらずだよ!誰とも付き合わないつもりなのかって、部活の先輩が意外だって話してたよ」

やっぱり告白・・・されてたんだ。今日の朝、カノジョは作らないのかって聞いたら怒られたっけ。全部断ってたのって・・・やっぱり、私のため・・・?
沙也はふと考えて顔が赤くなる思いがした。今までの静流はカノジョと別れればさっさと別の人と付き合っていた。彼に告白する人は総じてレベルの高い美人やらかわいい子が多く、フリーの期間に告白を断ったことはなかっただろう。
その静流が、である。いつものごとくレベルの高い女の子たちの告白を断り、カノジョも作らず、沙也にキスなんかをしてしまっているのだ。
静流は本気なの・・・?本気で私を好きだって言ってるの?
沙也はまだ、信じられない気持ちでいる。義兄妹としても喧嘩ばかりしていた関係が長いせいもあって、簡単に信じられるものではない。たとえキスをされようが、静流が告白を断ろうが、どこかで嘘なんじゃないかという疑いが拭い去れなかった。


「沙也は?」
「は?」
「天野くんと別れてから、誰々くんがかっこいいーとか言ってないけど、恋してないの?」
「んー、まあね」
「沙也は珍しくない?いつもふられてから立ち直り早いのに。やっぱり、まだ天野君には未練が・・・」
「ちがう、ちがう!天野くんは関係ないって!私の問題!次はもっとよく考えて恋してみたいなって思ったの」

沙也が美佐に答えたことは本心だった。天野への思いはうわべばかりの恋だったと彼女は自覚したし、今までの片思い同様未練もない。彼のことは人間として好きだし、今でも彼女は頓着せず会ったら挨拶もするし話もする。天野は元カノとよりを戻したようで、沙也はよかったねと彼に伝えた。
今度恋をするときはしっかりと相手のことを見て、自分のすべてを彼にあげてもいいと思えるようになりたいと彼女は思っていた。

そこでふと静流の顔が思い浮かぶ。
――僕は沙也さんのことが好きなんですよ――
告白の台詞まで思い出してしまって、沙也はその情景を振り払うかのように頭を振った。
なっなんで静流のことなんか思い出してるのよ、私のバカっ!!
彼のことを意識し始めている。けれども沙也は、絶対にちがう、と自分自身に言い聞かせた。告白なんてほとんどされたことないし、キスなんかもされたから戸惑ってるだけよ。それにまだ、静流にときめいたりもしていない。
静流のことは誰にも相談していなかった。今目の前にいる美佐にも話していないし、話せたらどんなにいいだろうと思った。彼女に話したらものすごい勢いで食いついてくるだろう。・・・やっぱりまだ、静流とのことは気恥ずかしくてならない。いつも喧嘩ばかりしていてそんな空気になったこともなかったから、なおさら突っ込まれることはわかっていた。

***

その日の夜、沙也はリビングで宿題をやらなければならないことを思い出し、数学と物理の問題集を取り出した。テレビの音は集中できなくなるため切っているし、親はすでに寝室に行き、静流は風呂に入っているため静かだった。
自分の部屋に戻って勉強することが一番いいのだろうが、誰もいないことだし、と思ってリビングに居座ることにした。それに、なんとなく自分の部屋よりもはかどる気がするのだ。特に根拠もなく、「気がする」というだけの話なのだが。
沙也たちの高校は有名な進学校だけあって、宿題がやたらと多かった。しかも彼女は理系クラスだったから、余計に負担が重い。けれども沙也は数学や物理などの理系科目はやはり嫌いではなかったので、すらすら問題を解いていった。
集中して数学の宿題を終え、次は物理の問題集に彼女は手を伸ばした。

「えらいですねえ、お勉強ですか」
「・・・っ!し、し、静流!?」
「驚きすぎじゃありませんか?」
「とっ突然後ろから声かけないでよっ」

静流が後ろに来たことにまったく気がつかなかったので、沙也はかなり驚いた。しかも至近距離から声をかけられたのではたまったものではない。風呂上りの静流からシャンプーやらの香りが漂ってくるのもなんだか生々しくて、どうしても意識してしまう。彼女はすぐにぱっと顔をそらし、問題集にむかった。

「・・・宿題が出てるんですね」
「そうよ。テストもそろそろだし、ちゃんとやっておかなくちゃ。てゆーか静流、受験でしょ?勉強しなくていいの?」
「授業と補習に出てればそれで十分ですよ。沙也さんは本当にまじめですよねえ」
「・・・ああ、そう。あいにく私は勉強しなくてもできるほど秀才じゃないのでっ!!」
「まあ、次のテストがんばってください。1位が取れるといいですね」

ニコニコと余裕の笑みが憎らしい。この男はガリ勉というわけでもないのに、学年1位をずっとキープしている。おかげで沙也は静流にあおられて勉強に精を出していた。しかし当然のことながら彼のようには行かず、勉強の成果が実って1位をとることもあるし、逃すこともある。
それでも常に学年3位をキープしているのだから、好成績であることに変わりはない。けれども彼女は、この静流が万年1位をとっているために自己の成績に満足できないのである。
・・・今は物理の宿題に集中しなくちゃ。静流が来たことで集中力が途切れてしまったが、次のテストのためにもしっかりと頭に入れておかなければならない。シャーペンを握って、後ろのソファーに座る静流を無視して問題に向かった。
――そのはずなのだが。

「・・・・・・静流」
「んー、なんですか」
「すっごく気が散って仕方がないんだけど」
「そうですか、がんばって集中してください」
「早く部屋に行ったらどう?」
「沙也さんの勉強の邪魔はしてないじゃないですか」
「・・・・・・そうだけど・・・・・・」

確かに何か邪魔をしているわけではない。けれどもじっと後ろから見られ続けては、居心地が悪いではないか。それに、なんだか無性にそわそわしてしまう。気にしないでいようと思えば思うほど、気になって問題が頭に入ってこない。これもすべて静流の強い視線のせいだ――。
ああ、もう!いつだって静流が隣にいようと気になったことはなかったのに、最近は本当におかしい。何で私が意識しなくちゃならないのよっ!

「もういい。私、部屋に戻ってやるから」

沙也はこれ以上ここにいては宿題が進まないと思い、自分の部屋に行くため立ち上がった。だが、すぐに手首を捕まれて身動きができなくなってしまった。この場から逃げさせない、とでもいうかのようにしっかりと握り、彼女を見て彼は口角を上げている。その意味ありげな笑みを見て、沙也は彼が何かを企んでいると気づいたがときすでに遅く、ソファーに押し倒されたのだ。
リビングの天井が視界に移り、そして静流の顔があった。沙也が逃げ出せないように、巧みに組みかれていた。この危うい状況を察して、彼女はさっと青ざめる。

「なにするのよっ!」
「さあ?なにをしましょうか」
「へっ変なことしたら許さないんだからね!」
「変なこと?沙也さんのいう変なことって何でしょう」
「しらばっくれないでよ、バカ!」

いくら鈍くて知識に疎い沙也でも、今の状況が安全でないことくらいはわかる。しかも相手は静流なのだ。抵抗しようにも、一筋縄ではいかないだろう。

「・・・沙也さん」

聞きなれたはずの声なのに、今は知らない男性のように思える。思わずびくりとして彼を見上げると、いつの間にかからかいの色が消えていた。あまりに突然だったので、もともと余裕のない彼女はさらに戸惑った。
ゆっくりと彼との距離が縮まる。またキスでもされてしまうんだろうか――。沙也はどうしたらいいかわからなかった。怖い、と思う。いつものように騒ぎ立てることもできない。ぎゅっと目をつぶり、縮こまって衝撃がくるのを待った。
そして、小さくちゅっと音がした。やわらかい感触を感じたのは額。ぱっと目を開けると、静流が笑っていた。

「期待しましたか?」
「なっ、なによ!そんなわけないでしょ!」
「へえ、そうですか?」

静流は笑みをうかべながら、沙也の上から降りた。彼女は正直、これほど安堵したことはない。それに否が応でも静流のことを意識し始めているようで、悔しくもあった。
彼には彼女が意識してしまっていることを知られたくなくて強がった態度をとったが、どれだけ無意味なことかも十分承知していた。
彼は彼女のほうを振り返ることなく、

「それでは、おやすみなさい」

といってリビングを出て行った。意外なほどあっさりとした静流の態度に彼女はただ、事態についていけず呆然としたままだった。そして、彼が階段を上る音が小さく響いている。
どうしよう、物理の問題を解ける気がしない・・・。頬の赤みはいまだとれていない。沙也はソファーに倒れこんだまま、心臓が落ち着くのを待っていた。











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