恋綻頃

モドル | ススム | モクジ

  14話  

――僕は沙也さんが好きなんですよ――
静流の突然の告白に、沙也は頭が真っ白になっていた。
すき?すきってなに?どういう意味だっけ・・・?
という具合に、沙也は混乱の極みで頭がうまく働かなかった。沙也にしてみれば想定外で一度だって想像したことがなく、一番ありえないと思っていた人物の口から不似合いな言葉が出てきたのだ。この義兄はカノジョは作るものの恋愛をばかばかしいと常々言っていたし、沙也にたいしては憎まれ口ばかりでやさしい態度を見せたこともない。しかも彼だって沙也を恋愛の対象外だといって憚らなかった。
それなのに、態度を180度変えて「すき」ってどういうこと?
まったくもって信じられないというのが沙也の正直な気持ちだった。彼女は静流の言葉の正確な意味を捉えようとして、考えに考える。そして、あっとひとつの答えに行き着いた。
そうだ、そうに違いない!危うく騙されるところだったわ。

「・・・からかってるんでしょ?」

沙也はゆるんだ静流の腕の中から抜け出て、ぴっと人差し指を彼に突きつけた。
殊勝な態度を見せて私の警戒をといたところで、今の台詞を吐き、私が本気にして慌てふためくのを見て楽しむつもりだったのだ。静流ならそれくらいやりかねない。新手の嫌がらせにきまってる・・・!
沙也にとってそれが、一番この事態を説明するのにもっともらしい結論だった。彼女は本気で静流の嫌がらせに引っかからなくてよかった、と満足して「どうだ!」とばかり胸を張っている。
一方の静流は、たまったものではない。一時呆然としていたのだが、肩を震わせて得意げな沙也を見据えた。

「・・・あなたは僕の一世一代の告白を無碍にするつもりですか・・・っ」

「好き」なんて一生言うことなどないと思っていた。それを意図も簡単に突き崩してしまった沙也は、そんなことも知らず冗談で済まそうとしている。急に自分がむなしくなってきたし、沙也に腹立たしい思いを感じた。
沙也が静流の言葉を信じようとしない一因は彼自身にあることを、この際考えまい。むかむかしながら静流は腕を組んで彼女を見下ろした。

「いいですか、沙也さん」
「なっなによ」
「あなたって人は本当に・・・バカですね」
「はあ!?」

わざとらしく大きくため息をつく静流に、沙也は久々にいらっとした。

「短気で暴力的だし、単純で考えなし。女らしさも優雅さもおとなしさも皆無だし、本当勝気で男勝りですよね。外見も特に魅力的だというわけでもないし、胸もないし・・・幼児体型って言うんですかね?」
「なによお!あんた、よくもそれだけの暴言を目の前で言ってくれたわね!!ああ、もうほんとむかつく!!」
「――僕だって腹立たしいんですよ!今みたいに短所をたくさん挙げられるのに、なぜあなたみたいな人をこんなにも好きなのか!!」

静流の怒りながらではあるものの、紛れもない告白に沙也は再び目をぱちくりさせた。先ほどまで彼は彼女の悪口を並べ立てていたから、やはりあの告白は嘘だったのだと思っていたためなおさらだった。
しかも彼の表情はいつもの冷静でうわべばかりの笑顔を浮かべておらず、戸惑いと苛立ちの感情がありありと浮かんでいる。彼自身も自分の気持ちに翻弄されているところらしい。わずかに頬には赤みを差していて、沙也はこんな彼をはじめてみた。

「ほ・・・本気なの?」
「・・・・・・本気ですよ。嘘で僕がこんな恥ずかしいこというわけないじゃないですかっ!」
「だ・・・だって、私のこと嫌いだっていったじゃない・・・!」
「あれは」

嫌いだとはっきり言われたし、家族としての情もないといわれたも同然だった。そのとき沙也は傷ついたし、とてもショックだったのだ。
静流は言いにくいようで不意と顔をそらし、はあっとため息をついて座り込む。

「・・・あなたに腹が立っていたんです。彼のことが好きだと何回もわめいて、何をされてもいいだなんて簡単に言うから」

ずいぶん素直に心情を吐露する静流に、彼女は驚いた。そして彼の「嫌い」だといったときの理由を知ってなおのこと驚いた。顔を覆うようにして表情を隠そうとしているが、恥ずかしさのせいか頬の赤みは隠せていない。
まさか・・・あの静流が嫉妬してたの?
いくら鈍い沙也でもそれくらいのことは推測できた。けれども容易に信じることができないのが実際のところだ。「嫉妬」という人間的感情に支配される静流なんて不思議で仕方なかった。しかもその相手が、いつも彼がからかってばかりいた沙也自身なのだから。
正直どうしたらいいのかわからない。静流のことをそんな風に見たこともなかったし、想定外の事態すぎた。それでも曲がりなりにも静流が彼女のことを好きだという事実に、かああっと体温もあがる。

「あ、あの・・・!でも私、静流のことそうやって考えたことないし・・・!!そっそれに一応、義兄妹なんだよ?」
「それがどうかしましたか?」
「えっ」
「義兄妹だろうと何だろうと関係ありませんよ。どうせ義理、他人です。それにうちの両親ならそんな細かいこと気にしないでしょう。・・・ほら、問題はひとつもありません。よかったですね」
「えっ、ちょ、ちょっとっ!」

そうして、にっこり静流は微笑んでいる。どうやらいつもの調子が戻ってきたようだった。あるはずの最後の防波堤も静流は一向に気にしていないらしく、彼の倫理観に訴えるという逃げ道もたたれた。普通・・・義理だとはいえ、少しでもその関係について考えないだろうか。
いつの間にか立ち上がっていた彼は沙也との距離をつめていた。しかも意味ありげな笑みを浮かべて。

「沙也さん」
「はいっ!?」
「こうなったからには、逃がしませんよ」
「へっ」
「必ず惚れさせてあげますからね」
「な・・・に・・・?」

たじろぐ沙也のことはお構いなしに、彼女の腰をつかまえて体を寄り添わせた。突然の密着に慣れていない彼女は、体をこわばらせてされるがままだった。沙也の好みではないものの、綺麗で整った顔立ちが目の前にある。
そういえば・・・私、静流にキスされたんだっけ・・・。まったく雰囲気的にも甘くもないものだったが、ファーストキスに変わりはない。忘れていたことをこの密着によって思い出してしまって、沙也は目を泳がせた。こういう空気にはまったく慣れていないし苦手なのだ。
彼女の戸惑いを読み取った静流はにやりと口元を上げた。
さらに彼女の体を引き寄せ、唇を奪う。

ちゅっと音を立ててされた軽いキス。
わずかな時間だったが、沙也は呆然とした。すぐに唇を離した彼は、くすくすと笑っている。そしておもしろそうに彼女を見やった。

「沙也さん、さっきこのことを考えていたでしょう」
「なっ!ち、ち、ちがうわよっ!そんなこと考えるわけないじゃないっ!」
「そうですか?まあ、そういうことにしておいてあげますよ」
「なによっ!偉そうに!!」

なんだか、静流がいっそうたちが悪くなった気がする。意地の悪さといやみは変わらないけれど、さっきみたいに触れられたりキスされたりしてはたまったものではない。
静流はそっと沙也の耳元に口を寄せてきて、彼女はピクリと反応した。

「沙也さん・・・覚悟しておいてくださいね?」
「・・・覚悟?」
「僕を好きになる覚悟に決まってるじゃありませんか」
「な・・・によ、自信たっぷりに!」
「僕は、欲しいと思ったものは必ず手に入れますよ。たとえそれが、あなたでもね」
「ふんっ・・・!できるものなら、やってみなさいよっ!」

沙也の対抗するような姿勢に、静流は楽しげに口角を上げた。
彼女はわずかな胸の高鳴りを抑えつけながら、静流の腕から逃れて背を向けて歩き出した。
静流も彼女の背を追うように歩みを進める。

――恋愛対象外だった義兄。喧嘩ばかりで甘い雰囲気になったこともなかったはずの、相手。
沙也にはまだ彼のいう「好き」が実感できていない。今やっと、真剣ないままでのお手軽な恋とは違うものを見つけていこうとしたところだから。
まだまだ彼女の感情はかたく閉ざされたまま。ただひとつわかっていることは。

片側の恋がひとつ、綻んだ季節――だということ。







chapter2へつづく

2010/11/9

web拍手 by FC2 ←無記名の感想なども受付中です♪
←よろしかったら投票お願いしますv


モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2010 黒崎凛 All rights reserved.

 

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system