恋綻頃

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  9話  

4人は店を出たあと街を歩いていた。やはりというか静流は別行動させる気はないようで、沙也たちの後ろを距離をあけずついてくる。逃げ出そうとすれば首根っこをつかまれるだろうし、静流は無言で威圧を与えていた。この状態でどうやって彼の気をそらすつもりだろかと思いながら、彼女は加奈子と話した計画が実行されるのを待っていた。

「ねえ・・・静流」
「はい、なんでしょう」

加奈子が静流に呼びかけ、彼の服の袖を引っ張り足を止める。自然と前を歩く沙也たちも足を止めたが、両者の距離は広がっていた。
もしかして・・・加奈子さんが計画を実行するつもりなのかな?
沙也は心の中で緊張しながら、彼女の動向を見守った。すると、加奈子は静流の顔に手を当てて、強引に距離をつめてキスをしたのである。彼は虚をつかれたようで引き離す間もなかった。沙也もはじめてみる人のキスシーンに驚きを隠せず、しかもそれが義兄のものであるため余計気恥ずかしさを感じた。
加奈子は同時に沙也に「早く走りなさい」と目で合図した。突然のキスに呆然としていた彼女は我に返り、早くここから離れなければならないことを思い出す。たしかにこれならさすがの静流も、気をそらさずにはいられないだろう。成功を確信した彼女はすぐさま自分のすべき行動へと移した。

「天野くん、行こう」

沙也は天野の手をとると一気に走り出す。彼は一瞬事態を飲み込めていなかったようだが、すぐに理解したらしく何も言わずついてきてくれた。人ごみをぬっての移動は大変だったけれども、静流との距離はだいぶ離れすでに姿は見えない。
計画は大成功だった。これでもう静流についてこられることもないし、言い合いしなくてもいいし、何よりやっと「デート」を楽しめるのだ。息を整えながら喜びに浸り、隣にいる天野を見た。

「ごめんね、突然走らせちゃって。静流のカノジョさんと別行動しようって話になって・・・」
「ううん、気にしないでよ。なんかおもしろかったし。それより、これからどこいこうか?」
「あ・・・じゃあカラオケ行かない?」
「いいね!俺この辺の地理まだ詳しくないんだけど、場所とか任せていいかな」
「うん!いつも行ってるところがあるから、そこに行こう」

沙也はやっとデートらしくなってきたなあ、とご満悦だった。



***


―― 一方の静流は、遠ざかっていく沙也を意識して舌打ちしたい思いがした。突然のことに彼女が走り出したことに気づくのが遅く、加奈子から体を引き離したときはすでに二人の姿が消えていた。
沙也さん、やってくれますね・・・。
店にいる間静流が席を離れ、女性陣が二人きりになったときがあったが、そのとき話し合われた結果であろうと思った。沙也からの提案か、もしくは双方の意見が合致した結果か――。おそらく後者だろう。静流は彼女たちの去っていた方向から加奈子へと視線を戻す。珍しく苛立ちの色を見せる静流に、加奈子は少したじろいだ。

「・・・いったいどういうことですか?」
「どういうことって・・・わかるでしょう!義妹さんと話し合って互いに別行動しようって話になっただけよ。昨日突然デートしようって言ってきたくせに、結局義妹さんの監視をしたかったわけ?」
「まあ、そういうことですね。沙也さんが生意気にも彼氏を作ってデートをすると言い出したものですから」
「いいことじゃない!妹だからって静流は気にしすぎなのよ。これからキスだって何だって付き合ってたらするのよ?そのときも全力でとめるつもり!?」
「――そんなこと、僕が許すわけないじゃないですか」

沙也がキスであったり、男とからむ姿を想像することなどできない。彼女は恋だ何だと騒ぐ割に、性的な男女関係を意識していないようである。知識的にも疎いし幼いと静流は常々思っていたし、その無知が彼には恐ろしくもあった。今、天野に求められたら彼女はどうするだろう。そこでやっと現実を意識するのか、それともそのまま身を任せてしまうのか――。その想像をして彼は焦燥感を覚え、また得も知れぬ感情に駆られる自分が腹立たしかった。

「・・・なによ・・・。そんなに義妹さんのことが気になるの?それじゃまるで義妹さんのこと・・・・・・」

加奈子は彼の沙也に対する強い口調が気になり、思わず感情的に口を開いたがすぐに思い直した。これは余計なことだし、馬鹿な女だと思われたくない。それに自分の勘違いかもしれないし、下手なことは言わないほうがいい・・・。加奈子はそう思って口を閉ざした。彼女にとって、藪をつついて蛇を出してしまうような事態になるかもしれない。
静流は加奈子の続ける言葉をじっと待っている。その後に続くものが何であるか予想すらつかないのだろう。それくらい彼は無自覚で意識していないのだ――自分の言葉の意味を。

「沙也さんのこと・・・・がなんですか?」
「・・・・・・なんでもないわ」
「そうですか」

加奈子が続きを言わないとわかると、彼はすぐに彼女に背を向けて歩き出してしまった。彼女は予想外の行動に焦りを覚える。

「ちょ・・・!どこいくのよ!」
「加奈子さん、今日はありがとうございました。このあとは付き合ってくださらなくて結構です」
「何よ、あの子達を追いかけるっていうの!?」
「ええ。このまま逃がすというのは僕の予定にはありませんから。ではお気をつけてお帰りください」

そういうや否や、静流は走り出した。まったく加奈子には注意を払わず、義妹のことが気になって仕方がないというように。これ以上文句を言っても静流は聞かないだろし、うるさいと思われるだけだと加奈子はあきらめた。彼と付き合いを続けるためには黙っているしかない。彼女は自分の中の予感が核心に近づくのを恐れ、それ以上考えることを放棄した。



***



そのとき沙也は、静流と加奈子のやり取りも露知らず、のんきにカラオケをしながら天野と楽しくおしゃべりをしていた。
天野は沙也のリクエストにも応えて、彼女の好きな男性アーティストの歌も歌ってくれたし、その歌声にまた惚れ直すこともあった。見ているだけで、聞いているだけで幸せ!沙也はすぐに静流との腹立たしい出来事を忘れた。根が単純なのでよほどのことがない限り、怒りも持続しないのである。 歌ったりもしたが、大半は今日あまり話せなかった分を取り戻そうと、会話することに夢中だった。


「今日はほんっとうにごめんね、うちのバカ義兄が!」
「いいって、いいって。前も言ったけど都築さんのことすごく心配してるってことでしょ。二人で話したときもすごく気にしてたよ」
「・・・え・・・。静流と何か話したの?」
「うん・・・すこしね」
「静流、天野くんの気を悪くするようなこと言わなかった?あいつのいうことなんて気にしちゃだめだからね!」

天野の表情がわずかに曇ったことで沙也は、静流がいつもの毒舌を発揮したに違いないと思った。相手に不快な気分にさせることは彼の得意技なのだ。家に帰ったら絶対静流をとっちめてやる!と息巻いた彼女だったが、それよりも逃げ出した彼女に対して静流はどうするだろうか。どうせいやみたらしく怒るはずだ・・・そう考えると家に帰るのが億劫にもなった。気を紛らわすべく沙也は、飲み物でも頼もうかと立ち上がった。

「・・・そうだ!天野くんジュース頼む?」
「――あっ・・・危ない!」
「えっ・・・きゃあっ!!」

沙也はテーブルの角につまづき、転倒しそうになった。それに気づいた天野が前のめりになった沙也の腕を背後から引っ張ったことで、転倒は免れたがそのままバランスを崩し、彼のいるソファーのほうへ崩れ落ちた。無事天野が受け止めてくれたので沙也に痛みはない。

「・・・大丈夫?」
「う・・・うん・・・」

思いのほか声が近かったことに驚き、彼が沙也の下にいることを認識した。これだけ男の子に近づいたことがなかった彼女は、少々うろたえた。天野と付き合い始めたと入っても、まだ今日はじめて手を繋いだくらいの触れ合いしかなかったのだ。そして天野を下に組み敷いた格好のまま、彼女は跳ね起きる。

「ご、ごめんねっ!天野くんのほうはだいじょう――」
「――なにしてらっしゃるんですか?」

聞きなれた声。それでいていつもの数倍険しく、まがまがしい低い声に沙也は驚き、ドアのほうへ眼をやった。そこにはなぜか、カラオケに来る前に振り切ってきたはずの静流の姿があった。彼はまるで憎い敵でも見るように、冷たく憎悪を含んだ瞳でにらみつけている。そこに普段の微笑みすらない。
沙也はぽかんとして、そのままの体勢で静流を見ていた。いつもなら「なんであんたがここにいるのよ!」と問い詰めるところだが、あまりに突然すぎてその疑問も口に出せずにいる。今の状況を把握しようと思っても、彼女はできなかった。
静流は何も言わずに沙也のもとへときて、天野を組み敷いたままの彼女を強引に引っ張りあげた。乱暴なまでの力強さで手首を握られ、沙也は顔をしかめた。そして静流はというと、天野に目を合わせてにっこり微笑んでいる。

「今日のところはこれくらいで、沙也さんは連れて帰らせていただきますね」
「はっ!?ちょ、待ってよ静流!どういうことよ、私はまだ帰らないんだから!!」
「問答無用です。帰りますよ」

静流は断固とした態度で沙也のバッグを手に取り、つかまれた力は逃げ出すことができないほど強い。沙也は反抗して「帰らない」と意地を張ることもできたはずだったが、今の静流はいつもと違って彼女の反抗を許さない雰囲気に満ちている。
その雰囲気に彼女はのまれ、おとなしくついていくことにした。いやみをいうが「怒る」ことはめったにないほど、感情の起伏がゆるい静流が怒っている――理由はわからないが、こんな静流をみたのは初めてかもしれない。
沙也は早足で歩き始めている静流に引っ張られながら、なんとか天野に声をかけようとした。

「ごめんね、天野くん。今日は帰るね、また遊ぼうね!それから・・・って静流!もうちょっと待ってよ・・・」

ろくに別れの挨拶もできないまま、沙也は静流に連れてかれるがままだった。カラオケ店を出て、ずんずんと無言のまま突き進む静流に彼女は耐え切れなくなってきた。なぜこんなにも怒っているのか、なぜここまで沙也の邪魔をしにきたのか、疑問点はたくさんある。そしてこんなに傲慢に振舞われるのも沙也には納得がいかなかった。




「静流・・・」

背中に呼びかけても一向に反応は返ってこない。ふつふつと沙也に怒りがこみ上げてくる。まったくいい度胸じゃない!!

「静流!もうやめてよ、痛いってば!」

沙也が耐え切れずに叫ぶと、人気のない路地裏に入ってやっと彼が手を離した。まだ静流は彼女に背を向けていて、表情は伺えない。

「何よ・・・今日はいったいどういうつもり!?映画館とか昼食のときだけならまだしも、なんであそこまで追いかけてくるのよ!せっかく二人で楽しんでいたのに、迷惑なの!もう・・・私のことは放っておいてよ!!」

沙也の今日の午前中からの不満と疑問が爆発した。静流の行動は意味がわからないし、説明してもらわなければ納得ができない。静流に噛み付く沙也を、やっと彼が振り向いて視線にとらえた。そして一歩近づいて、静流が沙也との距離を縮める。ただならぬ様子に、沙也は思わず後退した。
――なにかがおかしい。いつもの静流じゃない・・・。
上から見下ろすように沙也を見つめる静流の黒い瞳から、沙也はそらすことができなくなっていた。





2010/10/9




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