恋綻頃

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  8話  

沙也は絶対に静流の挑発には乗ってやるものかと心に決めていた。先ほどはつい静流との言い合いに夢中になって、天野とのデートのことをすっかり忘れてしまった。沙也は頼んだ和風パスタを食べ進めながら、和やかに会話を進めたいと思っていたのだが・・・。

「天野くんは沙也さんなんかのどこがよかったんですか?」
「え・・・?」
「何・・・聞いてるのよ、ばかっ!」

どうやら静流はそっとしておいてくれないらしい。しかも、「沙也さんなんか」とはなによ、「なんか」とは!静流は噛み付く沙也に対して、ただ微笑を浮かべるだけだった。

「いえね、すごく不思議だったんです。沙也さんってほら、暴力的で凶暴じゃないですか。空手部なものだからすぐに手は出るし、短気だし、怒りっぽいし。女らしさはどこにもないですし、むしろ男っぽいさばさばした面が強いんですよねえ。性格も単純で考えなし、外見も特にどこが魅力的というわけではありませんし」
「あんたねえ・・・さっきから黙って聞いてれば人の悪口をぺらぺらと言ってんじゃないわよ!」
「ほら・・・そうやってすぐ噛み付きますからね、沙也さんは」
「誰のせいだっ!!」
「・・・・・・俺は・・・・・・」

少し前の決意もむなしく、すでに臨戦態勢に入ってしまった沙也の横で、天野がつぶやいた。どうやって静流の質問に答えるんだろう・・・。彼女はいまさらながらに緊張を覚えて彼を見た。

「俺は、都築さんは明るくて・・・とても前向きなところがいいと思っていますよ」
「・・・天野くん・・・」
「へえ、そういう見方もあるものですか」

天野の答えに沙也は少し感動した。一方でその感動をぶち壊すかのような静流の言葉に苛立ち、その感動が半減してしまったことが残念でならなかった。静流はいつも皮肉ったようなことしか言わない。たまには素直に認めてくれればいいのに・・・そう願いはするが、到底無理な話だとはわかっている。あの静流が沙也に関して肯定的なことを言うなんてこと、一生ないような気がした。
――ヴヴヴ・・・とテーブルに振動し、携帯のバイブの音が鳴る。一瞬自分の携帯かとびくっとした沙也であったが、バイブは天野の携帯からだった。

「あ、すみません。電話・・・」

携帯を手に取り、表示された名前を見て天野は一瞬顔をしかめる。

「・・・すみません、ちょっと電話に出てきます」
「あ、うん。気にしないで」

天野はすぐに立ち上がると、テーブルを離れた。じっと天野を観察していた静流は、彼はさっさと電話に出て用件を済ませたいかのように、急いているようだと感じた。沙也は何も気がついていないようだが、今日の目的のひとつは天野に接触することだったのでちょうどいい機会だろう。

「僕も少し・・・席をはずします」

静流は何気ない調子で立ち上がり、天野のあとを追った。さて・・・彼と何を話しましょうか。さっきの天野に対する質問は軽いジャブだ。なぜ沙也と付き合うことにしたのか、本気で付き合っているのか聞きたいことはたくさんある。
店内にいるだろうから、そんなに遠くにいってはいまい。思った通り天野はすぐに見つかり、ちょうど電話中だった。ぼそぼそと話し声が聞こえる。ばれないように距離を保って通話が終わるのを待つ。

「・・・困るよ・・・いまさら何?・・・俺は無理だって言ったよね、優香?・・・だから、なんで・・・そういわれても、別れたいって言ったのはそっちじゃないか・・・、・・・とにかくいいね、切るよ」
「――元カノとごたついているようですね」
「・・・・・・えっ!あ、お兄さん・・・」
「すみません、立ち聞きするつもりはなかったのですが」

しらじらしく静流は謝って天野に近づいた。これでずいぶん聞きやすくなったと内心彼はほくそ笑む。天野は最初は驚いていたものの、彼の意図に気づくことなく力なく笑った。

「ああ、はい。俺転校して・・・向こうできっちり別れてきたんですけど、最近なぜか連絡をよこすようになって・・・」
「なるほど・・・。向こうが納得していないようなんですね」
「いえ・・・うーん、それがよくわからないんです。元はといえば優香がふったようなものだったのに・・・」
「――では未練がありますか」

静流は核心をつくような言葉を天野に浴びせた。天野は目を伏せ、わずかに動揺しているように見える。そのわずかな変化も鈍い沙也などなら見過ごすような些細なものだったが、あいにく彼の目はごまかせない。

「・・・・・・。いえ、そんなこと・・・」
「そうですか?それならばいいのですが。・・・さて、そろそろ戻りましょうか」

本当にひとつの未練もないならば、着信拒否なり強行手段をとればいいのだ、と静流は思っている。なにもせず今の状態を続けるということは、それこそ未練がある証拠ではないか。
だが口には出さずいつものように微笑み、沙也たちのもとに戻るよう促す。天野の数歩前を歩き始めた静流だったが、ふと歩みを止めた。

「ああ・・・そうだ。ひとつ言い忘れていたことがありました」
「・・・はい?」
「沙也さんのためにも嘘偽りだけはやめて・・・素直になっていただかなくては困りますよ?沙也さんと付き合っていきたいのでしたらね――」

天野を振り返って向けた静流の笑みは、凍りつくような冷たさを含んでいた。これは、牽制。釘を刺しただけだ。これからどうするか決断するのは彼であるし、ずるずるとあやふやな気持ちのまま付き合うことは許さない。沙也と別れるのならば別れるがいい。静流にとってはそっちのほうが都合がいいし、破局を期待してもいる。
沙也に彼氏ができたと、祝福などしてやる気はさらさらなかった。今でも認める気持ちさえない。彼女だって今は恋愛ごっこに夢中だとしても、いずれ関係の溝が明らかになるに違いない。それならば時が早まるだけ、たかがそれだけのことだ。
温和に見えた意外な静流の迫力と強い言葉に天野は固まっていた。その様子を見て、静流は脅しすぎましたかねえ・・・と苦笑しつつ表情を和らげた。



***

一方、取り残された女子組でも険悪ムードが漂っていた。言葉にされなくても加奈子の言いたいことが痛いほど沙也にはわかる。沙也だってどうしてこんなことになっているのか全く説明ができないし、理由なら是非静流に聞いて欲しい。それにこんなことになったら加奈子が怒るのも至極当然だ。たとえ沙也にとばっちりがくるとしても、彼女は甘んじて受け入れる気でいた。
加奈子は遠くに眼をやりながら何かを考えているが、ぴりぴりとした空気が心臓に悪かった。

「・・・沙也さん」
「はっ、は、はい!」
「あなたも今の状況に納得してるわけはないわよね?」
「もっもちろんです!!」
「じゃあ、別行動することに異論はないわね」
「はい!・・・・・・・あ、でも今日の静流が簡単に許してくれそうな気がしないんですけど・・・」
「大丈夫。私が静流の気をそらしている間に、あなたは彼氏を連れて全力で走ってくれればいいの」
「・・・わかりました!」


あの、静流の気をそらす。そんなことができるのだろうかと疑問に思ったが、すぐに思い直した。
いや、できるできないじゃなくて私はやらなくちゃいけないのよ!このままじゃあ記念すべき初デートが何の思い出もなく、静流との喧嘩だけして終わってしまうんだから!!私には静流なしでデートを楽しむ権利がある。やつに邪魔されてたまるもんですか!
沙也がやる気に満ちているとき、静流と天野の二人が一緒に戻ってきた。これから別行動をとる作戦に気をとられていた沙也は、天野の笑顔が前と少し翳っていたことに気がつきはしなかった。

「・・・店を出ましょうか」

静流の一言によって、沙也と加奈子は目を合わせてこれからの計画の決行を合図しあった。






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