恋綻頃

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  11話  

沙也は、あのデートの日以来静流とできるだけ顔を合わせないようにしていた。とはいっても義兄妹として同じ家に暮らしているのだから、それも限界がある。そのときはなんでもないような顔をして挨拶をして、会話をしようとは思わなかった。
それは静流の方も同じようで、いやみをいってこないし、彼女を避けようという意思もうかがえた。今はそれでいいと思った。まだ気持ちの整理がついていない状態で、静流と今までと同じように話すのは無理だ。嫌いだといわれた相手と何を話したらいいかなんてわからない。
そしてもうひとつ、天野との問題がある。前と同じように一緒に帰ったり学校で話したり、メールしたり・・・付き合いを続けているものの、ただそれだけだった。
沙也は静流に指摘されたことを考え始めていた。本当に彼が好きなのだろうか、私は本気で恋をしたことがないんじゃないのだろうか、と。私は天野くんが好きだと思う。
かっこいいし、やさしいし、さわやかだし、笑顔が素敵だから。でもそれらは、今までの片思い相手が好きだった理由と変わらない。自分でも彼自身が好きなのか、条件に当てはまる自分の理想像が好きなのかよくわからなくなっている。
情けないことながら、自分の気持ちがわからない。突き詰めていくと「好き」とは何なのか、答えが見えない迷路に放り込まれたような気分になってしまう。それに、普通なら彼とキスしたいって、少しでも関係を進展したいって思うはずなのだろう。
けれども沙也はそこまでの欲求は沸いてこない。そして、彼のほうも何も言ってこなかった。この関係は少し奇妙なのかもしれない、といまさらながら沙也は思い始めていた。
それに静流にキスをされて、悔しいけれど生々しく実感した。男女が付き合うっていうのはいつかこういうことをするということで。私にはまだ覚悟ができていない。沙也の思い描いていたものは、やはり幼くて非現実的なものだったのかもしれない。
沙也がこうして考えている一方で、天野も同じように何かに煩わせられているようだった。お互いさまながら、ぼうっとしていることも多いし、携帯もよく気にしている。もしかしたら、静流の言っていた元カノのことかもしれない。沙也は冷静にそう分析していた。本来なら不安に思ったり嫉妬するところなんだろうなあ、と彼女は苦笑する。
やっぱり私は――認めたくないことを認めなければならないところまできているのだろう。そのきっかけが、恋をしたこともしようも思っていない義兄だというのが癪だけれど。



***


静流の友人である中村斎は、静流が今までに違うことに少々戸惑っていた。なにやら考え込むようにしているし、自慢の毒舌も精彩を欠いている。それに義妹の沙也との言い争いを見ることもなくなっていた。あの二人のいさかいは日常茶飯事で、逆になければ違和感を覚えるほどなのである。

「おい・・・静流、お前本当にどうしたんだ・・・」
「別に、何でもありません」
「沙也ちゃんだろ?」
「・・・・・・」
「なんだよ、もしかして天野がそんなに気に入らないのか?」
「・・・彼が気に入らないというより・・・沙也さんと付き合うというのが気に入らないのです」
「・・・え・・・お前・・・っ?」

結構な爆弾発言だと斎は思うが、静流はまったく意識していない。そればかりかまた一人で考え込んでいて、斎は何か言うことをあきらめた。
静流は、沙也と同じく彼女を避けていた。あの日の彼女の涙と言葉が重くのしかかって、どうしたらいいかわからなかった。いつも涙を見せない強気な彼女を、自分は傷つけたのだ。そして自分が先に言ったことながら、「だいきらい」という言葉は意外に胸にこたえていた。
沙也が天野を「好き」だと何回も言うからいけない。あのとき、そんな彼女に腹が立って気がついたときにはキスをして口をふさいでいた。簡単に彼に何をされてもいい、などと無責任なことを言うものだから戒めの気持ちもあった。
それ以上に、キスをしてから彼女のはじめてを奪ってやったという支配欲が大きくなったのも事実だ。沙也の戸惑っている様子とつたなさに劣情を抱き、珍しく我を失った。キスなど静流にとってなんでもないことのはずだったというのに、である。体中が信じられないほど熱くなったし、いつものような冷めた自分が自分でいられなくなった。
沙也にたいして、いままで欲情したことなどなかった。が、あの時は確かに感じていた。あの無知で単純で短気な義妹相手に。自分がおかしくなったとしか考えられない。
以前の自分に戻るにはどうしたらいいだろう。この苛々はたえず静流をさいなみ、終わりのないように苦しめている。


「静流!」
「・・・・・・加奈子さん」

昼休み中、加奈子が静流の教室にきてよびかけた。
あれからずいぶん久しぶりに会ったような気がした。メールも電話もたいてい静流はしないし、わざわざたずねていくようなこともしない。時折加奈子が会いにきたり遊びに誘いにきたりするのだが、のらりくらりと交わしていた。今回はどうにも付き合うということ自体がわずらわしくなっている。加奈子は彼の腕に手を置いて、誘いかける。

「ねえ、今日うちに来ない?」
「・・・・・・」
「お願いよ、今日だけはいいでしょう?」
「・・・わかりました」

今日の彼女はどうやら引く気はないようで、静流は承諾した。静流が断ればすぐに引いて煩わすことが少なく、付き合いやすいタイプであったが、今日は何かあるらしい。正直面倒だという思いは否めないものの、苛立ちくらい解消するのにもちょうどいいだろう。こうやって沙也を気にしてばかりいる自分を一時期でも忘れたかった。



***


加奈子の家に、部屋に上がるのは初めてではなかった。一人っ子で両親が働きに出ているため、家に誰もいないのがちょうどよかった。今日もそのようで、家の中は静まり返っている。通された加奈子の部屋は女子高校生らしく明るい色でまとめられ、雑貨やぬいぐるみが置かれていた。
ベッドに静流が腰掛け、その隣に加奈子がいた。彼女が静流にもたれかかってきたかと思うと、彼を上目遣いに見上げた。

「・・・ひさしぶりよね?」
「・・・・・・まあ、そうですね」

静流が誘いかけもしないのだから、それもそのはずだった。彼女はくすりと笑うと、静流の学ランを脱がせ、カッターシャツのボタンをはずしていく。その様子を見ながら静流は、冷めたままの自分でいることに気がついた。
自分で彼女に触れようとも思わないし、したいとも、自分に触れて欲しいとも思えない。相当だ、笑いたくなるほどに。こうなる展開を予想してきたというのに、自分はその用意がまったくできていないのだから。元々淡白なほうだが、それにしても今日は一段とひどい。
ボタンをすべてはずし終え、胸に手をやった加奈子にストップをかけた。いぶかしむように見上げる加奈子に、静流は何とか笑みを作った。

「・・・今日は帰ります」
「なっ・・・!」
「すみません、どうもその気にならないもので」

静流ははずされたボタンをひとつずつ、自分の手でとめはじめた。拒否された加奈子は唇をきゅっとかみ締め、怒りと屈辱に震えているのがわかった。だが静流は自分に向けられている怒りにも臆せず、シャツのボタンをすべて留めると、淡々と上の学ランを手にとって腕を通す。
加奈子は学ランのボタンも止め始めた静流の腕をつかみ、きっとにらみつけた。

「何よ・・・待ちなさいよ。そうやって静流はいつも勝手なことばかりするわね。いつだって私ばっかりが静流の好きなように従って、私の言うことなんてほとんど聞いてくれない!やさしいかと思えばすぐに冷たくなる・・・。最近だってずっと心ここにあらずじゃない。ねえ、私のことどう思ってるの?好きでいてくれてるの?」

何度目だろう、この押し問答は。静流は思わず大きくため息をついて、彼女のほうを見た。

「――本当に答えて欲しいんですか?」

遠回しの否定。微笑みながらも笑っていない瞳に、加奈子はすべてを了解したようだった。彼の中に「好き」の気持ちは一欠けらも存在しないのだと。わかってはいた、けれども認めたくなかったこと。直接的ではないとはいえ、きつい現実を突きつけた静流は加奈子のほうも見ず、身を整えている。その憎たらしいほど冷静で感情のないような態度をどうにかしてゆるがせてやりたい。

「じゃあ、なによ・・・」

もうこの関係は終わったと加奈子は直感していた。だからこそ最後に、彼がまったく気づいていない、そして今もっとも彼を悩ませているだろう問題を突きつけてやりたかった。

「あなたがいつも気にしてる、義理の妹さんのことが好きなわけ?」







2010/10/24
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