恋綻頃

ススム | モクジ

  1話  

都築沙也は、今片思い中の相手がいる。相手はカフェで働くバイト店員で、明るい笑顔に一目惚れしてから足しげく通っているのが彼女の最近の状況だ。
今日も友人を無理矢理引き連れてカフェに訪れ、彼の姿を眺めては黄色い声をあげていた。

「きゃああ!ほら見てよみんな、かっこいいでしょあの人!!坂本くんっていうの!!」
「あー確かに、かわいい顔してるねえ。沙也の好きそうな感じ」
「本当だあ。沙也のこの前好きだった人とよく似てる…」
「あああ、もうそのことは思い出させないでっ!!すでに終わった恋よ!!」

沙也は友人の指摘に頭を抱えた。一月ほどまえ、彼女は片思いしていた相手にふられたばかりだったのだ。
沙也の好みはやんちゃそうな、少年っぽく明るいがき大将タイプであった。その点からしても現在好きな彼も、この前好きだった彼も、さらには遡れば沙也が惚れるのはみな似たようなタイプである。
この友人たちは沙也の恋愛遍歴――というよりも片思い遍歴と失恋の数々を間近でみてきていたから、またかと少々呆れ気味でもあった。
沙也は惚れっぽく、それでいて17年彼氏がいた試しがなかった。告白しても玉砕するか、相手がカノジョ持ちか、ろくでもない男だったか、つまり彼女の恋はことごとく実っていない。もちろん告白もされたことがないから男の子と付き合うこともできなかった。
失恋する度に沙也は気持ちを入れ替え、前向きに新しい恋を見つけようとしてきた。今回の「坂本くん」も前回の恋が終わってから一目惚れしてしまった相手である。
沙也はこのまま見て過ごすだけでは満足できるわけもなく、今日こそはしっかりとした会話をしたいと思っていた。恋を実らせるにはまず行動すべし!そうやって、常に沙也は恋愛には前向きだった。

――まずにっこり微笑んで、どこの高校か聞く。それでそれで、ちょっとずつ彼の情報を集めて次第に親交を深める…!
よし、と決意を固め意中の相手と話すきっかけを作るために、彼を呼び止めようと手をあげた。

「すみ……」
「坂本くーん!来ちゃったあ!!」
「え、来てくれたの?恵美」
「うん、だって坂本くんの働いてる姿見たかったし…」


沙也が呼び止めるよりも早く、隣のテーブルにいた女子高生が彼に声をかけていた。顔見知りらしく、会話が弾み坂本くんのほうもうれしそうな顔をしている。
沙也は手をあげかけたまま静止していた。…ものすごく嫌な予感がした。そんな沙也をよそに、会話はどんどん進んでいく。

「ねえ、もうすぐ上がりだよね?終わったらデートしよ」
「うん、待ってて」

……「デート」。沙也は微笑みをかろうじて浮かべながらも口角がひくつくのがわかった。これは……間違いなく、今までと同じパターンだ。
友人たちもそれを察して必死に笑いをこらえている。まったく笑い事じゃない。
力づくで彼女たちを黙らせてやりたくなった。
ああ、もう…!!なんで私っていつもこうなんだろう!しゃべるまでもなくすでに失恋だなんて…!!
都築沙也、連続失恋記録更新中である。


***


沙也はとぼとぼと帰宅の途についていた。今回の片思い期間はいつもよりさらに短かった。深入りする前にカノジョもちだということがわかってほっとすべきか、何か行動を起こす前に失恋して悲しむべきか・・・。沙也の心中は複雑である。
だけど落ち込んでばかりもいられない!いつまでも終わった恋を引きずっていては新しい出会いを呼び込むこともできないのだから!顔を上げて拳に力を込め、気合を入れた。
――しかし、その気合もすぐに萎えてしまった。家で待ち受けているであろう人物を思い出して、沙也は顔をしかめる。きっと、そいつは沙也の表情から機敏に事情を察知し、また失恋したのかと鼻を鳴らして笑うだろう。いやみったらしく美しい笑顔でにっこり笑い、毒を含んだ言葉で沙也を攻撃するのだ。その光景を容易に想像できるだけに、沙也の足は重くなっていった。というよりも、あの男のいやみはいつものことなので100パーセント確実だといってよかったが。
沙也はついに自宅の前に到着してしまった。あの男は帰っているだろうか。できれば顔を合わせることなく、今日は一人で部屋に引きこもりたい。今の沙也には彼と言い合いをする元気などないのだから・・・。
よし、ばれないようにこっそり家に入ろう!沙也はいざ家の敷地に踏み入れようとした。

「沙也さん?」

透明感のある、低い男の声を聞いて沙也は動きを止めた。なんてことだろうか、最低最悪のタイミングであの男とかち合ってしまうとは。てっきり家でくつろいでいる頃合いだと思っていたのに。彼が徐々に近づいてくるのがわかった。

「奇遇ですね。沙也さんも今お帰りですか?」
「・・・静流(しずる)・・・」

男は整いすぎた顔立ちに完璧な笑みを浮かべながら、沙也に声をかけた。黒髪と制服としては珍しい白い学ランがコントラストを成して、いっそう神秘的な雰囲気を与えていた。紳士的な敬語と柔和な笑顔をまとっているが、どこか冷たい一面もうかがわせる独特の空気を持っている。顔は男にしては綺麗すぎるほどで、女受けはかなりよさそうである。
まあ、男は明るくやんちゃなタイプが好きな沙也からしてみればあまりに彼女の好みと真逆であるし、そうでなくとも身近にいすぎてこの顔にときめくことなんてありはしないのだが。
――彼の名前は都築静流。沙也よりひとつ上の高校三年生であり――彼女の義兄でもあった。なぜか義妹の沙也を「沙也さん」とさん付けで呼ぶのだが、これは誰にでも同じ彼の癖であるようだった。

「おやおや・・・どうしたんですか、沙也さん。そんなおかしな顔をして。ただでさえ不細工な顔がさらにひどくなっていますよ」
「なっ・・・!うるさいわね!ブサイクって言うなっ、このバカしず!!」

静流の「ブサイク」発言に思わず沙也は手が出た。空手を幼いころから習い、今も現役である彼女の打撃の威力はそこらの男よりも強い。しかし静流は、すでにこれが日常茶飯事に行われているだけあって軽々とよける。そしてわざとらしく息を吐いた。

「・・・おっと。沙也さん、女性がすぐ暴力に訴えるなんてはしたないですよ。怪力自慢なんてよくないことです。ゴリラ女と呼ばれたいのなら話は別ですが・・・あ、もしかして呼ばれたいのですか?それは失礼いたしました」
「ああああ、もうあんたって死ぬほどいやみったらしい男ね!黙れ!!ほんっとむかつく!!」
「沙也さんが勝手に怒っているのですよ。僕のせいにしないでいただけますか」

静流はにこにこと笑みを浮かべながら沙也の怒りを簡単にいなしてしまう。それがまた腹立たしく、口の減らない言動が彼女を苛立たせる。義兄妹となってからすでに数年たつが、彼に勝てたためしがない。いまだ怒りに震える沙也を尻目に、さらに静流は爆弾を投下した。しかもなんでもないような、普通の様子で。

「・・・そういえば沙也さん、あのカフェのアルバイト店員には振られたようですね」
「えっ・・・!?」

沙也はかなり不意打ちを食らった。静流と言い合いになる前の出来事が思い出されるが、なぜ彼が知っているのだろうか。展開についていけず、目をぱちくりさせる沙也に彼はなおも微笑んだ。

「沙也さんが、彼がカノジョもちだということを知ってショックを受ける姿を偶然見かけたのですよ。また同じような男に振られているな、と思いましてね」
「な、な、なっ・・・!!」
「かわいそうな沙也さん。いつまでたっても彼氏ができませんねぇ。いっそのこと一生独り身で暮らしたらどうですか?僕が面倒を見て差し上げますよ」
「・・・っ!うるさいうるさいうるさい!ほっときなさいよ、今に見てなさい!絶対にかっこいい彼氏を作ってやるんだからね!!」
「へえ、それは楽しみです。そのころには僕も爺さんになってるかもしれませんがね・・・」
「あんたねえ・・・!」

くすくすと楽しげに笑う静流が沙也には悪魔にしか見えない。沙也は口を尖らせて、話題の方向転換でも図ろうと疑問を口にした。

「てゆーか、なんで静流があんなところにいたのよ。あんたが好んで行きそうな場所なんてないじゃない」
「カノジョが行きたいといいましたから」
「・・・・・・ああそう・・・・・・」

墓穴を掘った。また話が振り出しに戻り、話題の方向転換は失敗に終わってしまった。

「すみませんね、彼氏のいない・・・もとい、いたこともない沙也さんには酷な話をしました」
「くっ・・・!そのわざとらしい気遣いがむかつくんだけど・・・」
「ふふ、それはそれは・・・うれしい限りですね」
「・・・ふん!カノジョの言いなりになってあげるなんて静流もお優しいこと!どうせすぐ別れるんでしょうけど!」
「…そうですね、否定はしませんよ。もう付き合って2ヶ月ほど経ちましたから、正直飽きてきました。今日のデートだってあまりにせっついて面倒くさいから付き合ったまでですし」
「・・・あんた、男として最低の発言してるのわかってる・・・?」
「わかってますよ。沙也さんじゃないんですから。ですが、これが僕です。本気になれないのは仕方ありません」

静流はそう、きっぱりと言い切った。静流の恋愛観は昔から変わることなく、一貫してこんな感じだった。告白されれば付き合うが、長くても三ヶ月もすれば飽きて簡単にふってしまう。そして、別れたのを待ち受けていたかのように誰かが告白して、また付き合う。三ヶ月以上持った試しはないし、告白する人たちは我こそはと思っているのだろうが、静流を変えることは皆できなかった。
静流は丁寧な口調と柔和な雰囲気、紳士的な言動から周りからは「優しい」というイメージをもたれている。だが干渉されることを嫌い、束縛を嫌い、一歩心の奥に踏み込めば冷たく一蹴される。
沙也は彼がカノジョを振る現場を見たことがある。カノジョが家に来て、「静流が自分を好きでいてくれてるとは思えない」、と責め立てて、泣き出していた。
そこで静流はただ一言、笑顔を貼り付けたまま――「僕はあなたのことが好きなわけではありません。僕が一度でもあなたのことが好きで付き合っただなんて、言いましたか?」――と言った。
オブラートに包むことなくそうはっきり言い放ち、カノジョは呆然としていた。それも当然であろう、静流が表に見せていたのはやさしげな一面だけで、冷酷な面を見せたことはなかったのだから。別れる段
階にやってカノジョたちはやっと、静流の奥底に…潜む黒く冷たい部分を目の当たりにするのだ。
静流が毒々しい言葉を常日頃から吐き出す相手は限られている。一番の例で言えば、それが沙也だった。
静流の恋愛遍歴を見てきた沙也は、大きなため息をついた。

「・・・本当に最低な男よね、静流って。私、静流とは絶対付き合いたくない」
「何気持ちの悪いこといってるんですか、それじゃあ僕があなたなんかを好きになること前提になってしまいます。絶対にありえませんのでご安心ください・・・。それに僕はもっとおとなしくて女性らしい人が好きです」
「なんかむかつくけど・・・まあ、そうね。ありえないから。よかった、あんたとは義兄妹で」
「僕としましては、あなたが義妹ということも釈然としませんが」
「は!?」
「いちいち怒るなんて馬鹿みたいですよ。さあ、家に入りましょう」

沙也が騒ぎ出す前に先手を取って、静流が家に入るように促した。いつの間にか今日終わった、短い恋のことは忘れていた。





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