Cool Sweet Honey!

太壱編―5―

ひかると別れて自分の教室に向うと、すぐに予鈴が鳴って五時間目が始まった。授業が始まっても頭に浮かぶのはひかるのことばかりで、どうしたら良いのだろうと思っていた。ぼうっとしていたからか、掃除の時間に今日ひかるの事を教えてくれた友達に心配されてしまった。

「太壱、大丈夫かよ?やっぱり神崎さんのこと気にしてんのか?」
「彰・・・ぼくはどうしたらいいんだろ。ひかるのために何かしたいのに、何もするなって言われた。僕から誤解だって話せば・・・」
「あー、そりゃ神崎さんはそう言うだろうよ。お前が神崎さんを庇えばもっと悪化するぞ。女の嫉妬は怖いから無理無理」
「どうして?だってあのメールは一つも真実を語ってないのに、誤解を正すことのどこが悪い?」
「誤解を解くって、みんなになんて言うつもりだよ。まさかバカ正直に“神崎さんが好きだからした”って言うつもりか?」
「・・・そのつもりだけど?」
「それじゃあ、嫉妬でもっと女子は神崎さんに辛く当たるって。お前はしっかり自覚してないかもしれないけど、すっげぇモテる奴なんだよ。だから女子たちの怒りは全て神崎さんに向いちまう。あのメールだって嘘でも何でも構いやしないんだって。腹いせだよ、腹いせ」
「・・・つまり、僕がひかるを好きだから・・・悪いっていうの?」
「んー・・・なんつーか、神崎さんが太壱を好きでもないくせに、フるでもなく側にい続けてるっていうのがまた女子たちにムカつくんじゃね?何様!って感じなのかも」
「そんなの、みんなには関係ないじゃないか・・・」

僕がひかるを勝手に好きなだけ。僕が勝手にひかるの側にいたいだけ。今の関係を壊す権利は他人にはないだろう?
僕がひかるを好きで何が悪い?僕が彼女を好きだからといってなぜ怒りの矛先を彼女に向ける?周りの好意なんて僕が望んだわけじゃないし、こんなことになるのなら邪魔でしかない。そう思う。けれど一方で、僕がひかるを好きなあまり、彼女を最悪な状況に追い込んでいるのだと思うとやるせなかった。――僕がひかるから離れればいいのだろうか?そうすればひかるに迷惑をかけることもないのではないか・・・。一寸考えはしたけれど、そんなことは不可能だと頭を振った。僕はひかるから離れられない。彼女から拒絶されない限り、離れたくない。
ああ、また身勝手で我が儘な考えをしている。自分で自分を殴ってやりたかった。自己嫌悪に陥って、怒りは全て自分自身に注がれていた。ものすごいショックに周りに怒りをぶつけることすら忘れていた。
――数日経ったくらいでは噂はおさまることはなく、むしろ増長していた。当初は女子だけが騒ぎ立てていたものに、男子たちまでもが加勢しだした。この異様な状況を楽しむことにしたのだろう。僕のクラスではひかるのクラスと接点があまりないし、僕に憚ってか、おおっぴらに何か言う人はいなかった。
ひかるは当然ながら、クラスでどんな風になっているのか全く話してくれない。ただ「大丈夫」としか言わないし、僕に弱音を吐くこともしなかった。だからひかるのクラスの状況が全くつかめず、彼女のクラスに介入することもできない。
ひかるはいつも通り、何事もなかったかのように振舞っていた。泣き言も言わず凛とした態度を持ち続けているのを見ると、本当に「気にしていない」ように思えた。けれどそんなことあるわけがない。態度に見せないだけで心の奥で傷ついている。誰にも弱さを見せないようにして、強くあろうとしているだけだ。ひかるにいえば怒られるかもしれないが、僕にとっては「守るべき女の子」だった。
僕はこのままひかるを守ることもできずに見ていることしかできないのか?側にいて支えることしかできないのか?いっそのこと時間を巻き戻すことができたらいいのに――そう非現実的なことさえ頭に浮かんだ。自分で自分を責め続けるしかできなかった。

鬱屈としていたある日、どうしても我慢ならない出来事が起こった。
それは掃除の時間のこと。僕は教室掃除で、ゴミ捨てに行くために廊下を歩いていた。

「・・・でさ・・・・、・・・神崎・・・どう思う・・・」

喧騒の中、「神崎」という単語をしっかりと捉えた。この学年に「神崎」はひかるしかいないし、話しているのは同じクラスの竹中たち数名だった。明らかに掃除をサボっていて、箒を持ったままおしゃべりに夢中になっている。ひかるの事を話題にしているとその時点で腹立たしく、思わず立ち止まった。僕が聞いていることも知らず、彼らは話を続けた。

「マジかよ。でも言われて見てぇー」
「マジマジ。神崎に告ったらさ、“付き合えないけどヤルだけならいい”って。でもなんか幻滅しちゃってさぁ、俺から断った」
「もったいねー!じゃあ、告ったらやらせてくれんの?」
「そうだろ。だってそういう女にしか見えなくね?」
「エロいもんな!」

楽しそうに、ひかるを貶めるような暴言を吐く竹中たち――。どす黒い感情、怒りが湧き上がってきた。お前たちにひかるのなにがわかる?彼女がどれだけ傷ついてるのかわからないのか?簡単につける嘘によってひかるがどれだけ苦しめられているのか――わからないっていうのか?
僕は笑っている竹中たちを睨みつけながら彼らに近づいていった。そして、彼らの前に立つと僕を驚きの目で見上げた。

「・・・訂正しろ。ひかるはそんなことを言わない」

一瞬きょとんとしたかと思うと、竹中たちは僕の静かな怒りに怯えるどころか、にやにやと笑って絡んできた。

「はあ?なにいってんの?お前がそれ言っちゃうわけ。二ノ宮こそその誘惑に負けてやったんだろー?」
「なあ、教えて欲しいなあ。どんな具合だった?やっぱよかった?」
「・・・うるさい・・・。ひかるを侮辱するなって言ってるんだよ。何考えてるんだ?特に竹中、君はひかるが好きだったんじゃないのか。それなのに、なんでひかるを貶めるようなこと・・・」
「ふん、俺が神崎を好きだったって?神崎は俺のカノジョにするのにちょうどいいなって思っただけだよ。顔も体も最高だし。けど性格は最悪だな。お高くとまりやがって、今だって全くかわいげがないだろ」

――その言葉で僕の理性の糸が切れた。
気がつけば僕は竹中の顔を思いっきり殴っていて、突然のことに対処できなかった彼が倒れこんでいた。殴ったことに後悔などしていなかった。ただそのときの僕は怒りだけが渦巻いていて、ざわつく外野のこともどうでもよかった。

「はっ、なにすんだよ!」

竹中はすぐに立ち上がるとだいぶ腹が立ったようで、殴り返してきた。周りの声がさらに大きくなる。竹中の行動の予想はついていたので、倒れこむことはしなかったものの唇が切れたような気がした。僕は竹中の胸倉をぐいと掴み上げて、鋭い眼差しで彼を見つけた。
そこでやっと僕が激怒していることに気がつき、普段温和な僕がここまで冷たく冷酷な怒りを彼にぶつけていることに驚いているようだった。きっと竹中達は僕がどんなにキレても恐ろしくないと思っていたに違いない。だから僕が訂正を求めても面白そうに絡んできて、不用意な言葉を投げかけてきたのだろう。確かに、普段僕がキレることはめったにない。だが、ひかるが絡んでくるのならば話は別だ。僕は今までにないほどはらわたが煮えくり返っていた。
今も尚続いているひかるへの誹謗も含めて、僕の怒りが爆発した。怒気を含んで寒々しい声がでるのがわかった。

「ひかるを侮辱するなって言っただろ?ひかるはお前たちが考えてるような女じゃないんだよ!ひかるが簡単に体を差し出すだって?僕を誘惑しただって?ふざけるなよ、彼女のことを何も知らないくせに勝手なことを言うな!ひかるを物扱いして何様のつもりだ?お前なんかにひかるは勿体ないね、彼女の本質を見抜けない奴がいきがるなよ!!・・・いいか、これ以上ひかるの事を侮辱したら許さない。これから君たちが僕を怒らせないためにどうするべきか・・・わかるよね?」

竹中の胸倉を掴んでいた手を緩めて、ぽんと軽く離すと竹中はバランスを崩して床に座り込んだ。呆然としているのが見て取れる。そして周りのギャラリーも今はしんとしていて、驚愕に満ちた色を浮かべていた。ぼくはそのまま皆を見渡した。中にはひかると同じクラスの女子もいた。

「みんなも・・・同じだよ。ひかるを貶める奴を・・・・・・僕は心底軽蔑する」

あたたかさのカケラもない声色と笑み。中にはひかるに対してしたことに心当たりがあるのか、震えている子もいた。同情などしない。これで自分の行動を省みて改めてくれればいいけれど。

「お前ら、何だこの騒ぎは!」

この騒ぎを聞きつけた担任の先生が、重苦しい空気を騒々しく破った。先生が騒ぎの中心にいるのが僕と竹中、そして互いに顔に殴りあった痕があるのを見ると、かなり驚いたようだった。先生としても僕が騒ぎの中心で、しかも殴り合いの喧嘩をしたとは予想外だったに違いない。僕は先生を安心させるように微笑んだ。

「ただの男同士の喧嘩です。つい熱が入っちゃって・・・。でももう、仲直りしましたから。話は二人の間でつきました。そうだよね、竹中」

僕がまだ座り込んでいる竹中を見遣ると、はっとして立ち上がって僕の問いかけに肯定した。竹中にしてみれば、肯定するしかないはずだ。何か反論したならば、ひかるを侮辱したことなども言わなければならないし、教師に色恋が絡んだ話まで話せるわけがない。
先生は「そうか」とだけ言って、周りのギャラリーを教室に帰らせて簡単にHRを終わらせると、生徒指導室に来るようにといった。







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