Cool Sweet Honey!

太壱編―4―

――ひかるにキスをしてしまった。僕は自分の行いに呆然としながら、ひかるの唇の感触を否が応でも思い出していた。やわらかくて・・・あたたかくて、心地よかった。今まで想像していたよりも、何倍も気持ちがよくてすごくよかった。もっともっと深い口付けがしたいと思うくらいに・・・。
僕は自分のベッドに身を任せて、うつ伏せになっていた。そして自然とキスを思い出して、それからはどうしても妄想の世界に陥った。まだ感触が残っているように感じられて、いつもよりその夢想が生々しく感じる。彼女の体の柔らかな曲線があらわになっていて、彼女は僕を見つめている。瑞々しく色づいた彼女の唇が僕の唇をふさぎ、首筋や胸へと下りて行く。そして最後には――。
体の一部が熱く、興奮するのがわかって僕はやっと我に返った。・・・くそ、僕は何をしてるんだ。浮かれている場合じゃないっていうのに!勝手にひかるの唇を奪っておいて恥ずかしいとは思わないのか?もしかしたらひかるに嫌悪されているかもしれないんだぞ。そう、ありえないことじゃない。むしろその可能性のほうが高いのだ。好きでもない男にいきなりキスされて、ひかるはどう思っただろう?想像することさえ怖い。
だけど・・・と黒い感情が頭をもたげた。ひかるの「初めて」は僕が貰った。僕が今まで側にいたから、ひかるだってファーストキスのはずだ。誰かに奪われる前に奪うことができてよかった・・・そんな優越感も確かに感じている。この大馬鹿者め。自分で自分を罵り、それでもこの歪んだ思いを否定できなかった。

翌日。ひかるとは今までと同じように待ち合わせをして、学校へと登校していた。ひかるに怒鳴られるとか、軽蔑した眼差しを送られると身構えたけれど、彼女は何も言わずに何もなかったかのように振舞った。そのことに安堵しながら、彼女の思いが見えず不安でもあった。ひかるは昨日のキスをどう受け止めたのだろう?ぼくのことをどう思っただろう?疑問ではあったけれど下手に聞くこともできない。だからそのままの状態で、それぞれの教室で別れるまで無言を貫いた。
僕が教室に入ると、いつもよりもざわついていた教室内が一瞬静かになった。僕に話を聞かれることを恐れるように、ぴたりとおしゃべりをやめるクラスメイトたち。訝しく思いながら自分の席に着くと、友達が僕に近づいてきた。

「あのさ・・・太壱、お前・・・」

何か僕に聞きたいことがあるらしい。クラスメイトたちは僕と友達の間に交わされるであろう会話に興味津々な様子で、耳をそばだてているのがわかった。一体何事なんだ?クラス全体が僕たちの会話を気にかけている理由がわからない。友達もクラスメイトたちの様子に気がついたのか、口を開くのをやめ、ため息をついて彼は言った。

「んー、今はやめとくわ。昼に聞くよ」
「うん・・・わかった」
「よろしく。・・・それはそうと、数学の宿題やった?」

彼はすぐ話題を切り替えて、僕に宿題の答えをねだった。クラスメイトたちも話題が変わったと知ると、それぞれグループで話し始め、いつも通りの光景に戻る。いつも通りとはいっても、その日はやたらとみんなの視線を感じた。男子などは特に、面白そうににやにやと。
僕は全くその理由がわからなかった。けれど、昼休みの時間・・・友達から聞いた話に僕は愕然とすることになる。

「・・・・・・え・・・・・・?」
「・・・その反応は、噂は本当ってことか?今メールで出回ってるんだよ。お前が神崎さんにキスしたって。・・・それに・・・ちょっと、な」
「・・・ちょっと、ってなんだよ?なにが起こってるんだ?そのメール、見せて」
「お前は見ないほうがいいよ。・・・神崎さんがかなり叩かれてる」
「いいから見せて」
「・・・わかったよ」

僕が決然とした態度で言うと、友達は渋々といった様子で携帯を開いてくれた。そのメールを見て、ぼくは血の気が引いた。あまりにひどい。僕が責められるのならわかる。だけど、どうしてひかるが責められなければならない?
メールには、「僕がひかるにキスをした」のではなく「ひかるが僕にキスさせるように仕向けた」と書きたてられていた。さらには「ひかるは僕と付き合ってもいないのに誘惑してキスをした。男を誘惑することが好きな女」なのだと――そんな内容がもっと悪意に満ちた言葉で綴られている。まるで、それがただひとつの真実であるかのように。
真実は、僕がひかるが好きなあまり、焦燥感に駆られてキスをしてしまっただけなのに――。ひかるはただ、呆然と僕にされるがままになっていただけなのに!怒りが強く込み上げてきた。ひかるを貶めた相手に対して、そして何よりも自分自身に腹が立った。僕の自分勝手で自己都合的な行動のせいでひかるが非難の対象にされている。僕のせいだ。僕の自制心があまりに弱く、衝動的に行動してしまったから・・・。

「あ、おい太壱!?」

僕はいてもたってもいられず、ひかるの教室に向った。ひかるは大丈夫だろうか。きっと彼女も同じように友達から聞いたに違いない。そして僕のクラスが異様な空気だったように、彼女のクラスはもっと居心地が悪い気がする。
階段をのぼって廊下を走って勢いよくひかるの教室についた。教室内を見渡すも、彼女の姿がない。ひかるはどこに行ったんだ?

「二ノ宮くん!」

ドア付近にいた僕を見つけたのは、ひかるの友達の横井由希子さんだった。彼女はすぐに駆け寄ってきて、何か僕に言いたそうな顔をしていた。多分彼女が話したいことはひかるのことだろう、とぴんと来た。

「ひかるは?」
「相原さんたちとどこかに話しに行っちゃった。二ノ宮くん、噂のことは知ってるよね?ひかるは確かに強いけど、何言われるか心配で・・・」
「わかった、ありがとう!」

横井さんの話を聞いて僕はすぐにひかるを探し始めた。確かにひかるは強い。ちょっとやそっとのことじゃ揺るがない、強い心を持っている。だけど何を言われても傷つかないわけじゃないんだ。メールでの内容みたいに誹謗されて、気にしないでいられるわけがない!
僕がひかるを守らなければ。これは僕自身が引き起こした問題だ。僕の身勝手な行為がひかるを苦しめてる・・・
誰にも聞かれないように話をするとしたら、空き教室を使うしかない。理科室や家庭科室のある教室棟に僕は向かおうとしていた。階段を上ろうとしたとき、ちょうど階段を降りてくるひかると会った。

「ひかる・・・!」


彼女はどこか苛立った様子で、ぼくを見ると驚いた表情を見せた。

「なに?どうしたの?」
「ひかるが呼び出された・・・って、横井さんに聞いて・・・」
「由希子・・・心配しなくていいって言ったのに」
「ねえ、大丈夫だった?」
「当然よ。あたしが負けるはずないじゃない」
「そっか・・・よかった・・・」


ひかるはいつも通りだ。強がっているわけではなさそうだ、と僕は安堵して微笑んだ。けれど安心してばかりいられない。僕のせいでひかるが厄介な状況に追い込まれていることは事実なのだから。すぐに顔を引き締めてひかるを見たけれど、そのまま視線を合わしているのは気まずくて、視線を逸らしてしまった。

「・・・友達から聞いたんだ。ひかるが呼び出されたのも、僕が昨日したことが原因なんだよね・・・?ごめんね、絶対誤解をといて僕が何とかするから・・・!だってひかるは何も悪くないのに・・・僕が」
「気にしないでいいわよ。これはあたしの問題。それに太壱が何を否定したって無駄よ」


ひかるは僕を責めるわけでもなく、「気にしないでいい」と言う。だけど僕としては応じかねるものだ。ひかるだけの問題であるわけがない。僕が片をつけなければならないはずだ。それに、ちゃんと僕が説明すれば、みんなわかってくれるんじゃないか?誤解だとわかってくれるんじゃ・・・。


「でも・・・」
「あんたが・・・っ」

言い募ろうとする僕にひかるは業を煮やしたのか、かっとなったように何か言おうとして口をつぐんだ。その仕草でひかるが僕に、あまり良くないことを言おうとしていたのだろうと思った。ひかるの動揺している様子からもそれがよくわかる。最悪な予想をするならば・・・ひかるは僕のことが嫌いだと、側になんかいて欲しくないと・・・言おうとしたのかもしれない。だって、ぼくがいなければこんなことにはならなかったんだから。
ひかるは落ち着こうと、呼吸を整えていた。そして僕を見据えて冷静な声で告げた。

「本当に大丈夫だから・・・あたしのことはほっといて」

僕に背中を向けて、ひかるは教室に去って行ってしまった。僕は必要ないと、余計なことはするなという意味がそこにはこめられていた。僕はただ、彼女の凛とした後姿を見るしかできなかった。
本当に僕にできることはないのだろうか?このままで本当にいいのだろうか?







Copyright 2010 黒崎凛 All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system