Cool Sweet Honey!

太壱編―3―

僕が中学生になって告白されることが多くなったのと同様に、ひかるも多くの告白を受けているようだった。ひかるは告白されたことについて何も話さない。僕がその事実を知るのはいつも友達から聞く噂からだった。
ひかるが告白されるのは当然だし、他の男子から想いを寄せられるのも当然だろう。ひかるは誰よりもきれいで目立っていたから。そして僕はというと、ひかるが告白されたとき聞くたびに焦りが生まれていた。もしかしたらひかるだって突然恋をするかもしれない、その男を気に入ってOKをだしてしまうかもしれない、そんな可能性があるのに、今のまま「幼なじみ」として甘んじていていいのか――。
誰々がひかるを好きなのだと聞くたびに僕は嫉妬に身を焦がしていた。そして僕が一番危機感を抱いたのは、同じクラスの竹中がひかるに告白する、という話を聞いたときだ。
竹中尚樹。身長もそこそこ高い「イケメン」タイプ。中学に入ってできたカノジョも豪華な顔ぶれだと有名だった。そして次に目をつけたのがひかるだという噂で、委員会がひかると同じなのもそれが理由だという話だ。僕は他の女の子と同じようにひかるも口説き落とされてしまうのではないかと、戦々恐々としていた。

しばらくして竹中がひかるに告白した、と聞いた。けれどひかるがどう返事をしたのかはわからず、気になって仕方がなかった。ひかるが竹中と付き合っている素振りを見せないのが何よりの証拠のような気がしたけれど、彼女から直接聞かなければ信じられないとも思っていた。
それに・・・ひかるが竹中とひかるが付き合わないにせよ、誰かと付き合うつもりがあるのかどうかが気になった。ひかるが誰とも付き合うつもりがないのなら、僕は安心して待つことができるから。
ひかるに尋ねるチャンスは十分あった。一緒に登下校しているから、そのとき聞けばいい。しかしいざ聞こうとすると緊張して、勇気を奮い起こさなければならない。おかげでひかるを見てはためらって口を閉じ、ため息をつく。そんなことの繰り返しでよほど挙動不審だったのだろう、逆にひかるに尋ねられた。

「何よ、なんか用?」
「・・・あっ、えっと・・・。あの、さ・・・・・・竹中に告られたって本当?」
「ああ、そのこと」

僕はテンぱりながら何とか尋ねたかったことを口に出した。ひかるは心当たりがあるようであっさりと肯定しながら、僕が聞きたいその先を紡いでくれない。

「・・・それで?」
「それで、って?」
「ひかるはどうしたの?・・・付き合うの?」
「あたしが?まさか。断ったに決まってるじゃない」
「・・・そっかぁ」

僕は思い切り安堵した。ひかるが竹中と付き合わない、というのも当然ながら、僕の問いに驚いた反応を見せたから。ひかるは誰とも付き合う気がないのだ。つい、にこにこと笑顔になってしまう。
よかった、安心した。けれど、ひかるの次の言葉によって、僕は天国から一転、奈落のそこに突き落とされた。

「告白の事を言うなら太壱だってそうでしょ?いろんな子からされてるじゃない、付き合わないの?」

ひかるの言葉にさっと血の気が引いた。ひかるはとてつもなく残酷なセリフをはきながら、それに気づいた様子は全くない。ひかるは何気なく、本当に不思議に思ったからこそこんなことが僕に言えるのだ――ひかるを好きで好きでたまらない、この僕に。それこそ、僕がひかるにとって「なんでもない存在」であり、ただの「幼なじみ」だという証明だった。
僕が告白されても、嫉妬どころかひかるは気にしていないことはわかっていた。僕のことを「男」として意識していないことは覚悟していたつもりだった。全て全て分かっていたつもりだった――。今、ひかるから直接その事実を突きつけられて、その覚悟がどれほど甘いものだったかを思い知らされることになるまでは。
思わず唇をかむ。苦い気持ちが心の中に広がっていく。ひかるは僕がどれほどの衝撃を受けたかも知らないで、不思議そうに僕を見つめていた。どれだけ顔が強張っているか自覚していたから、なんとかして小さく笑った。

「だって僕が好きなのはひかるだから。ねぇ、好きだよ。好き」
「ふぅん」
「ああ、もう!相変わらずつれないなぁ。信じてないでしょ、ひかるは!」
「あんまり」
「やっぱり!」

いつものように、幼い頃からの延長線上のように、好きだといって本当の気持ちを隠して誤魔化した。そうやって「好き」だと告げてもひかるには届かない。そんなことはわかってる。でも、僕がひかるのことを「男」として好きだと告げてしまったら・・・僕だって他の男子たちと同じように拒絶されるかもしれない。僕の気持ちは邪魔だと、受け入れられないと告げられることを想像して、恐ろしくなった。それだけはいやだ。それだけは・・・。
ひかるは恋愛に無関心だ。今の状況で僕の気持ちを伝えてもひかるは僕を拒絶するだろう。この、今の関係が壊れることになる。「幼なじみ」としても側にいることができなくなる。それに、性的な目でひかるを見ていると知られたら、彼女に軽蔑されてしまう。
それならば彼女に対しての、激しいほどの恋情を隠し通そう。ただの「幼なじみ」として側にい続けよう。そして徐々に意識してもらえばいい。好きになってもらえばいい。焦ることとはないのだ。ひかるに最も近い男はこの僕だ。ひかると僕の間に誰も介在させはしない。そうすれば、いつかは。いつかは・・・好きになってくれるはずだろう?
気の長い話だけれど、待てるはずだ。それが確実に彼女を手に入れる方法。
そう思っていた。僕は甘く見ていたのだ、気持ちを押し隠してひたすらに待つことがどんなことなのか。感情を抑圧し、苛立ちにさいなまれながらに待つことがいかに難しいことか。
僕は決意したほど余裕があるわけでもなく、常に不安が僕の心を苛んでいた。些細なことでも焦りが生まれ、どうしようもない行動に駆りたたせてしまう危険をはらんでいた。当時の僕はまだ15という微妙な時期で、あまりに――幼かった。




***



平穏を保とうとしていた僕の心に、再びさざ波をたたせたのはひかるだった。昼休みの時間、ひかるが僕の教室に来て、「話があるから」と呼び出された。ひかるとは一緒に登下校していたから、話はそのときできる。だから休み時間に僕に話を、というのは不思議だったけれど、ひかるにあえて嬉しくないわけがない。なんにせよわざわざ僕に会いに来てくれたのだ、と思って喜んで彼女の後についていった。

「ひかる、どうしたの?」
「・・・うん・・・ちょっとね・・・」
「・・・?」

ひかるには珍しく歯切れが悪い。ためらっているような、何を言ったらいいか分からない・・・そんな感じ。どうしたんだろう?僕が疑問に思っているとき、ひかるが僕の後ろに誰かを見つけたように、視線を遠くにやった。僕も自然と彼女の視線の先を振り向いた。

「神崎さん!二ノ宮くんもこんにちは。よかった、話がしたかったの。混ぜてもらってもいい?」
「・・・うん、どうぞ」
「ありがと。二ノ宮くんとはいつもクラス違ったし、話したことなかったよね?私、相原早紀っていうの。ごめんね、邪魔しちゃって」
「いや・・・」
「神崎さんに聞きたいことあったんだけど、二ノ宮くんがいるならちょうどいいかな。男の子の意見が聞きたくって・・・」

相原早紀と名乗った彼女とは確かに面識はなかった。だけど、女子の話をする男子たちの会話の中にひかると同様、結構な確率で名前が出るかわいいと評判の女の子だった。まあ、僕としてはひかる以外どうでもいいことだ、と気にしたことはなかったけれど。
相原さんはひかるに簡単に話をふった後、僕に意見を求めてきた。それからは最初の話題からどんどん脱線していって、僕と相原さん、そして彼女の友達と話さなければならなくなっていた。正直この展開にはびびった。僕は女の子と気安く話すタイプでもないから、彼女たちの会話のテンションにはうろたえてしまった。
ひかるに助けを求めようとも、彼女は我関せず、といった顔をしている。さらには、彼女は頃合を見計い、僕を置いてさっさとこの輪を抜けてしまった。ひかるとは結局何の話もしていない。そればかりか、相原さんたちと話さなければならない状況に追い込まれていた。
そして、僕は気がつく。今の状況は、ひかるが意図して作り上げたものだ。最初からこうすることが目的で僕を呼び出して、相原さんたちと会話させようとしたのだ。ひかるにこの前、「女の子と付き合わないのか」と聞かれた。そして今は僕が女の子と仲良くして、誰かと付き合えばいいと彼女は思っている。少なくとも、僕が誰かと付き合おうとも彼女は気にしないという無言の意思表示だった。
悲しみと戸惑い、切ない想いが僕の体中を駆け巡る。ひかるを見つめ続けていると、彼女が振り返って目が合った。彼女は僕を見ると少し顔を曇らせ、「罪悪感」を感じているようだった。僕は思わず叫びだしたくなった。「罪悪感」など欲しくもない!ひかるは少しも「嫉妬」を感じることなく、僕のことは本気でどうでもいいのだ。
その絶望感でいっぱいで、相原さんたちの話はほとんど聞いていなかった。ただ休み時間が終わる時間が近づいて、相原さんが最後に尋ねたことだけが僕の心にのしかかった。

「二ノ宮くんって、神崎さんと付き合ってないって本当?」

本当も何も。さっきの彼女の態度を見ればわかるだろう?ひかるは僕のことなど好きではない。そもそも気にしてもいないのだ。

「・・・本当だよ。付き合ってなんかいない」

自嘲気味にそれだけ返すと、相原さんたちは明るい顔で「そうなんだ」と言った。僕は苦い思いで自分で告げた言葉をかみ締めていた。

それからしばらくひかるとは上手く話せなかった。当然だ、好きな女の子に「好きでもなんでもない」と態度で示されたも同然なのだから。
学校が終わって、電車でのホーム。僕とひかるを電車を無言で待っていた。話す気にもなかなかなれず、僕が話さなければひかるも口を開かない。会話すら本当に今まで僕次第だったのだと思うと、さらにへこんだ。
ひかるにあのときの・・・なぜ相原さんたちと僕に話をさせたかったのか、聞いてみようか?この問いは僕をもっと追い詰めるかもしれない。それはわかっていた。だけど、聞かずにはいられなかった。

「・・・ひかる・・・相原さんたちとは仲がいいの・・・?」
「え?」
「この前一緒にいたでしょ・・・。でも途中でいなくなっちゃうし、僕、本当に困ったんだからね」
「相原さんたち、話し上手いから困ることなんてなかったと思うけど。それにあの時は仕方なかったのよ」
「・・・っ。僕は・・・」
「あ、電車来たわよ」
「・・・ひかる」

――ああ、やっぱり案の定だ。僕はなにを期待したのだろう?「本当は嫌だった」とでも言ってくれるとでも思っていたのか?バカバカしい、あまりに自分に都合のいいような幻想だ。ひかるがそんなこと言うわけがないのに。
――不安。苛立ち。焦燥感。それらが僕に一挙に襲いかかってきた。僕はひかるがぼくのことを見てくれるまで、待つと誓った。それが最善だと思った。だけど本当に?本当にそれでいいのか?これからだって同じようなことがあるかもしれない。ひかるに事あるごとに女の子と付き合うように促され、その度にこの苦い思いを味わわなければならないのか?
ひかるに意識されていないという現実を突きつけられなければならないのか――。
そんなのはいやだ。ぼくを見て欲しい、意識して欲しい。僕は無害な「幼なじみ」ではなく、彼女を好きな「男」なのだと意識してほしい。
ひかるを見た。彼女の視線は近づいてくる電車に注がれている。このときですら、ぼくのことを見てもくれない。彼女は相変わらず綺麗で、リップクリームを塗っただけの唇は柔らかそうで。

だから次の行動は半ば無意識だった。大きくなって抑えきれなくなった焦燥感と彼女の唇をとらえて、理性は切れた。
電車が僕たちを覆い隠す直前。僕はひかるの唇を奪っていた。柔らかくて暖かな感触に熱いものが込み上げる。
けれどすぐに我に返った。僕は一体何をした?唇を重ねた時間はわずかだった。すぐにひかるから離れて、まだわずかに感触が残っている唇に手を当てた。どくどくどく、と心臓が大きな音をたてている。僕は――ひかるにキスをした。彼女が無防備なのをいいことに、僕は自分の気持ちを押し付けるようにキスをしてしまった。こんなこと、許されてはならない。なんてことをしてしまったんだろう・・・。

「・・・っ!ごめん・・・」

小さな声で謝罪するしかできなかった。ひかるが戸惑っていることもありありとわかって、僕はまた後悔した。それから二人、無言でいたのは言うまでもなく。

このキスが全てを狂わし、大切な女の子を追い詰める事になるなどこのときの僕には思いもせず、後々深く後悔することになる――。







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