Cool Sweet Honey!

太壱編―2―

――僕とひかるは物心着く前からずっと一緒だった。いつから、とか何故好きになったのか、なんてことはわからない。だけど気づいたときにはもう、僕はひかるが好きだった。
幼い頃から僕とひかる、そして彼女の弟の航貴は歳が近くて一緒に遊んでいた。3人で遊んでいるとなぜか僕はいつも泣かされてばかりで、今思えば散々だった。おもちゃを隠されたり、お菓子を横取りされたり、置いてきぼりにされたり・・・。まあ、ほとんど航貴が主犯格であったけれど。ひかるは僕が本格的に泣き出 す手前になると、すぐにイジワルをやめにして「泣くな」と言った。
散々人をいじめておいて、だいぶ身勝手な話だろう。だけど僕はそう言われるとうれしくなった。すぐに、「ひかる」と笑って彼女のあとをついて回った。・・・とにかく、幼い頃からなにをされても僕にはひかるしか見えていなかったのだ。ずっと、なにげなく「すきだ」といい続けていた。

そして、僕がひかるを「女の子」として好きなのだと、この気持ちに明確な意味を与え、実感したのは僕たちが小学5年生のとき。その日はひかると彼女の母親である唯香さんが僕の家に遊びに来ていた。父親同士はもちろん、母親同士もすごく仲が良くて、よく互いの家を行き来していた。
僕とひかるは部屋で一緒に宿題をしていて、母さんが持ってきてくれたジュースがなくなったので下にとりに行こうとリビングに向った。廊下までいくとリビングにいる母さんたちの話が聞こえたのだ。

「――ひかるちゃんがこの前ね、”女の子”になったのよ」
「本当ですか。早いですねぇ、もうそんな年頃になってしまうなんて。ついこの間まで、オムツをはいてたような気がするのに」
「ほんとにね。特に女の子の成長は早いからびっくりしちゃう。これからどんどんオトナの女性への階段を上ってくんだろうな・・・」
「生理かぁ。ひかるちゃんは早いんですね。私はもっと遅かったような・・・」

母さんたちの話は最初、よく理解ができなかった。”女の子になった”?”オトナの女性への階段”?どういうことだろう?ひかるは女の子なったって・・・それじゃあ、今まではなんだったんだ?それに、”せいり”。聞いたことがあるような気がするけど、なんだっけ。
せいり・・・セイリ・・・。頭の中でぐるぐると考え続けているとき、はっと思い出した。――”生理”だ。学校の授業で、そんなことを言っていたような気がする。女の子なら誰でもなるんだって。「女の子」になるためには必要なことなんだって。
ひかるは・・・「女の子」なんだ。僕とは違う、「女の子」。その考えに思い至って、なんだか顔が赤くなってしまった。心臓の音が速くなっている。僕はしばらく、ぼうっとして廊下で立ちつくしてしまった。

「太壱、どうしたの?」
「う、わっ!」
「・・・なによ」

僕がなかなか戻ってこないことをいぶかしんで、ひかるが突然僕の目の前に現れた。僕としては今の今までひかるの事を考えていて、しかも彼女の秘密を立ち聞きしてしまった後ろめたさがあって動揺した。やたらとひかるの事を意識してしまっている自分がいた。ちらり、と改めて彼女を見る。
昔からひかるはかわいかったけれど・・・よくよく見てみれば、彼女の体つきも少しずつ変わっている気がする。特に、胸のふくらみのあたりなんか・・・・・・って、僕は何てこと考えてるんだろう!だけど意識し始めると何もかもが気になって、ひかるの顔が見えなくなってしまった。
何も言わない僕にひかるは眉根を寄せ、「もういい」というとリビングに入って母さんにジュースのおかわりを頼んでいる。それからひかるとの宿題をする時間に集中できなくなったのは言うまでもない。

ひかるたちが帰ってしまって、一人になると僕は今日の出来事を振り返った。僕はひかるが好きだ。ずっとそう思っていたけれど、この気持ちは「女の子」としてどうしようもなく好きなのだ。そして彼女は「オトナ」へと着々と成長し始めている・・・。
僕はひかるが好きだけれど、彼女はどうだろう?嫌われてはいないだろうけど、僕を「男」として好きなわけではない。ひかるはまるで僕を意識すらしていないし、だからといって他の誰かが好きだと聞いたこともない。
片思いだ。その言葉がずしりと押しかかってきた。いつか、ひかるは僕のことを意識してくれるだろうか。好きになってくれるだろうか。・・・でもどっちでもいいや。僕はひかるの側にいられるだけで、十分。
そう思っていた――小学生の頃までは。


中学生になると、思春期真っ盛りである。男女を意識して、特に男子は性的興味が増す。ひかるは成長するに従ってどんどんきれいになって、女らしくなっていた。彼女の体つきは他の女子と比べて成長振りが顕著で、煩悩と興味の塊である男子たちの注目の的となっていた。

女子たちのいない時に耳につく会話には、かなりの確率でひかるが登場していた。

「やっぱさ、2組の相原もたしかにかわいいけど胸がないからなぁ」
「顔だけ、体だけがよくてもいかんよな。その点神崎はすげーよ。顔もいいし体なんて学年一だろ?他の女子とはやっぱちげーよ、色気が」
「もうオンナって感じだよな。やべ、興奮するわ」

けらけらと笑う声、ひかるを性的な対象として眺める男たちが心底憎らしく感じられていた。ひかるも不躾ではないものの、かすかに感じられる視線が気になって仕方ないようだった。
彼女は自分の発育のいい体をコンプレックスとして捉えている。普通の女の子とは違う、というのが思春期においては気になるものなのだ。だから体の線があらわになるような体育の時間だとか、男子の目につくときはわずかに暗い顔をしてた。なるべく周りに気にしていないように見せ掛けてはいたけれど、僕にはわかっていた。
僕は他の男たちがひかるを「オンナ」として意識することが許せなかった。いやらしくひかるを眺める彼らを殴り飛ばしたいと思った。ひかるをそんな目で見るな、彼女について妄想するな、彼女は僕のものだ――。
嫉妬と独占欲に満ちた心。もうすでに、側にいるだけでいいなんて思えなかった。彼女に触れたい、キスしたい、抱きたい。そんな欲求ばかりが日に日に高まっていく。そして、はけ口のない欲求が高じてひかるを想って欲を吐き出した。僕が触れたらどんな反応を返すのだろう、どんな声で鳴くのだろう、どんなやわらかな肌をしてどんな香りを漂わせるのだろう――。
ひかるの体を妄想して、頭の中で犯して蹂躙する。それは一時の快楽を得られるものの虚しいものでしかなく、すぐに僕は自分自身に打ちのめされた。
僕だって他の男たちと同じではないか。むしろ、僕こそが一番最低ではないか。彼女の知らないところで僕は彼女を犯す妄想をし、彼女にたいしての欲求を募らせている。
彼女は自分に性的な目を向けてくる男を軽蔑している。ならば、僕は?僕だって同じだ。この欲求を知られたらひかるに軽蔑される。頑なに「男」としての僕を拒むだろう。その恐怖感が僕を支配した。
ひかるに「男」としての欲望を悟られてはならない――。そのために幼い頃から同じ調子で「好き」と言い続けるしかない。それ以外の感情はなるべく表に出してはならない。
この決断は僕を「男」として意識してもらい、好きになってもらいたい……その願いと大きく矛盾していた。でも、ひかるに嫌われたくなかった。僕がひかるに対して抱いている強く激しい想いを悟られれば、僕も彼女がひそかに嫌悪する男子と同じようになってしまうから。

ああ、ぼくはどうしたらいいんだろう?想いをさり気なく伝えても「好き」という気持ちを理解してもらえず、彼女に対しての欲望を見せればきっと軽蔑される。
この想いの先が見えなかった。



「二ノ宮くん・・・好きなんだ。付き合ってくれない・・・?」

中学校に入ってされるようになった告白。告白を受けるたびに舞い上がるどころか、気分はどんどん沈んでいった。なぜ、ひかるじゃないんだろう。僕を好きになってくれるのが、僕が誰よりも望んでいる彼女じゃないんだろう。他の子なんて望んでない。ひかるだけでいい。ひかるだけでいいのに・・・。
僕はこんなにもひかるが好きなのに、何故ひかるは好きになってくれない?いつまで待てばいい?いつになったら好きになってくれる?
そうやってひかるを責めるようなことを考えてしまう自分自身に苛立った。僕が勝手に彼女を好きなくせに彼女を責めるなんて馬鹿げてる。大馬鹿者だ。
告白はひたすら断った。ひかるを好きだったから、他の女の子のことは考えられなかった。
だけど、本当にそれでいいのだろうか?この片思いを続けて意味があるのだろうか、この想いが報われる日が来るのだろうか。
一回くらい、ひかる以外に目を向けてみればいい。もしかしたらこの想いもそれほど特別なものじゃないかもしれない。そんな考えが頭をよぎった。先の見えない不安に押しつぶされそうだった。

けれどその考えも一瞬にしてはかなく散った。

「太壱、これ」
「・・・え?」
「さっさと受け取りなさいよ。あんた、今日誕生日でしょう」
「え、あ、そっか。ありがとう・・・」
「まだそれ使うには早いだろうから、ちゃんと必要になるまでとっておくのよ」

それだけ言うと、ひかるは顔を背けてしまった。電車の待ち時間、ベンチに座っているとひかるが僕の誕生日プレゼントだというものを渡してくれた。無作法だとは思いながらも、その場でラッピングを取り除く。現れたのは明るい色のチェック柄のマフラーだった。

「・・・ひかる」
「なによ?」
「ありがとう・・・!」

僕が感激したように笑ってお礼を言うと、ひかるは僕をみると明らかに居心地悪そうな表情をした。照れているのだ。少しだけ頬が赤くなっている。その顔があまりにかわいくて、胸が高鳴った。

「別にいいもんじゃないわよ」
「そんなことどうでもいい、ひかるにもらえるならなんだって嬉しいよ」
「・・・バカなやつ」

あまりに僕が嬉々としているので、ひかるは少し呆れたように、それでも頬を緩めて微笑んでいた。こういった憎まれ口は照れくささを隠すため。プレゼントの渡し方だっていつもそっけない。だけどひかるは僕のことがどうでもいいわけじゃないんだ。恥ずかしそうな、はにかんだ笑顔だってなかなか見れるものじゃない 、僕だけの特権。
――やっぱり僕はひかるがどうしようもなく好きなんだ。些細な言葉も、行動も、表情も僕をときめかせるのはいつもひかるだ。他の女の子なんて好きになれるわけがない。これからだって、こうやってひかるを好きだと実感する瞬間がないわけがない。
ねえ、ひかる。僕は君以外好きになれそうにない。僕は完全に君に心を奪われてしまってる。苦しいのにやめられない。やめられなくて苦しい。逃げ道さえも断たれ、なす術もないことを僕は痛感していた。





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