Cool Sweet Honey!

太壱編15

全てが終わりけだるさを感じながらも、僕はひかるをこの胸に抱きしめて、彼女を抱いたという事実をひしひしと実感していた。そのときは長いようであっという間だった気がする。じわりと互いに汗で湿り気を帯びているし、呼吸も乱れていた。ひかるの顔に張り付いた長い黒髪がいっそう彼女を妖艶に見せている。
ああ、やっぱり僕はひかるが好きだ。この行為を経てよりその気持ちが大きくなっている。彼女の唇に誘われるようにキスをして、最初はじゃれるようなかわいいものだったのが次第に深くなっていた。
満足、という言葉で言い表せることができないほど充足感でいっぱいだった。僕にはひかるなしではいられない。ひかる以外ありえないし、僕が彼女を愛し、彼女も僕を愛してくれる。その実感を得て固い決心がこの瞬間についた。
――結婚したいと、素直にひかるに伝えよう。
さっきまで、結婚したいと伝えるべきかどうか今一歩踏み出せずにいた。ひかるに拒絶されたら・・・とか、一般的に考えて展開が早すぎる・・・とか不安に思う要因はいくつもあったのだ。指輪をただ誕生日プレゼントとして渡すだけ、もしくは「婚約」について承諾を得る――そんな逃げ道を用意して今日という日に挑んでいた。
心地よい気分に浸っていた僕はやらなければならないことを思い出し、指輪を取りに行くべく体を起こした。ひかるは何事かと僕の行動を黙って見つめている。バックから探り出して四角い箱を携え、ベッドに戻るとそれをひかるの前に差し出した。

「誕生日おめでとう、ひかる」

ひかるは自分の誕生日であったことを思い出したようにはっとしていた。この場でプレゼントをあけてもらわなくては意味がないので、視線で開けるように促した。彼女は僕の意図を察するとリボンを解き、包装を取り去っていった。
そして、現れたものを見てひかるが息をのんだ気がした。

「・・・指輪?」
「・・・そう。ひかるに、僕が贈ったものをしてほしくて」

僕はひかるの手をとって薬指に指輪をはめた。彼女は抵抗することなく、指輪がはまっていく光景を眺めていた。
――今こそ彼女に、自分の気持ちを伝えるときだ。緊張で心臓が大きく跳ねた。

「ねえ、ひかる・・・。ひかると想いが通じ合ったときから考えていたことがあるんだけど・・・聞いてくれる?」
「ん・・・なに?」
「ひかると僕は幼い頃から自然と側にいて、僕は君のことがずっと好きだった。だから今はすごく幸せで・・・片時も離れたくなくなった。それにね、思ったんだ。僕はひかるのいない未来なんて考えられない。ひかるとずっと側にいたい・・・。ひかると結婚したい」

ひかるは案の定僕の言葉を予想すらしていなかったようで、呆然としていた。当然だ、気持ちを通わせたのはつい先日のことなんだから。ひかるにとっては寝耳に水の話だろう。
僕はひかるの手をとって恭しく口付けた。

「・・・ひかる。5年前の”約束”はもう終わったけれど、これから先の新たな”約束”をさせて欲しいんだ。僕はこれからずっと、5年先も10年先も、何十年先だって君を愛し続けると誓うよ。だからそのために――”結婚”という約束をさせてほしい。君を愛し続ける権利を与えてほしい」

これが今の、僕の素直な気持ちだった。
どれだけ早いといわれようと、いつかは結婚するんだから今でもいいじゃないか・・・なんて、自分を正当化して。僕は今、彼女の全てがほしいと望んでいる。独り占めしたいと思っている。
ひかるがどんな答えを出すかは全く予想がつかない。バカじゃないの、って呆れられる覚悟も十分していた。彼女は考え込んで、最後にはふっと笑みを漏らした。

「”約束”ね・・・。あんたは本当にそれを守れるのかしら?」
「もちろん!いつまでも、死ぬまで僕はひかるが好きだよ」
「じゃあ、あたし以外にキスすることも抱くこともしないって約束して。他の女に手を出したら許さないわよ」
「うん・・・僕はひかるさえいれば十分なんだ。君以外いらない」

ひかるの答えは5年前と同じような言葉だった。けれどもそこに込められた意味は全然違うし、互いの思いも違う。何より、ひかるが僕を信じてくれている。5年前を思い出しながら、二人で笑ってしまった。
ひかるが結婚を受け入れてくれた。信じられないほど嬉しく、正直これは夢じゃないかと疑ったほどだ。彼女をこの腕に抱きしめながら、僕たちの両親の事を考える。彼らは結婚に対して、どう思うだろう?
僕が不安を口に出すと、ひかるは全く心配していないようで大丈夫だと請け負った。彼女は何か確信があるようで、彼女を見ていると今不安がるのも馬鹿らしくなってくる。それはそれ、今は今。とりあえず今は忘れよう。
夜はまだ明けない。寝るにもまだ早い。それに一回きりじゃあ足りるわけがないのだ。ひかるの胸元に所有の証を刻みつけながら、熱のこもった視線で彼女を見つめた。彼女も、妖艶に微笑んだ。

「あたしがほしいの?」
「うん、ものすごく」
「そうねぇ、じゃあ今度はあたしが愛してあげるわ」

自然に惹かれるように、交わされるキス。甘く濃密な時間。
他のことなど忘れて、ただひたすらに――夢中になっていた。




***



「ひかる、こっちは片付け終わったよ」
「意外に早く終わったわね」
「なんかわくわくするよね、新たな新生活って感じが!」

僕は二人だけの新居を見渡した。広くはないけれど、二人で住むには十分だし大学も近いこの部屋が気に入っていた。今日はやっと全てが整い、雑然としていた部屋が片付いたのだ。
――ひかるにプロポーズした日から、物事はとんとん拍子に決まっていった。僕たちは家に帰ると、その日のうちに互いの両親のまえで学生結婚したい気持ちを伝えた。
いろいろ生活はどうするつもりだとかまだ早いだとか、痛いところをつかれるんじゃないかと恐々としていたんだけど……こっちが拍子抜けするほどあっさりしていた。
「ほら、だから言ったでしょ?二人は結婚するって!」と、ひかるの母親である唯香さんは言い、うちの母親と喜びあっている。
父親の征哉さんもため息をつきながらも、「そうだな」と相槌をうった。どうやらこの夫婦の間ですでにこの話題が展開されていたらしい。うちの父親のほうはニヤニヤとおもしろそうに、征哉さんにつっかかっている。
もっと突っ込んだ話をされると思っていた僕的には、当人たちを放って楽しそうに話す親たちに戸惑った。
ひかるは予想していたのか、「だから言ったでしょ?」という目で僕を見上げてきた。
ちなみにこの場には航貴と駿もいたから、当然絡まれた。駿がにこにこと「太壱さんがお義兄さんになるなんてうれしいです」、と言ってくれたのでほのぼのとしながら、はっと思い至った。
駿が僕の義弟になるということはつまり――。

「よろしくね、お義兄さん」

振り返った先には笑顔の航貴。そして鳥肌ものの違和感たっぷりの呼び方。正直こんな義弟はいらない。

そして両親たちは僕たちが唖然とするくらい、どんどん話を進めていった。結婚式は準備が整い次第することにして、二人で暮らす新居には長い春休み中に引っ越し、入籍したらいいと言ってくれた。僕としてはなんら問題はなく、ひかるも何もいわなかったので僕と同じ気持ちなのだろうと思った。
ひかるは今、僕の隣でソファーに座ってくつろいでいる。これから彼女との生活が続いていくのだと思うと幸せな気持ちになり、彼女を抱きしめずにはいられなくなった。今日――区役所にいって入籍を果たした。だから今日が全ての始まり。もう、彼女は「神崎ひかる」ではなく「二ノ宮ひかる」なのだ。その響きに顔が緩む。

「ねえ、ひかる」
「なに?」
「好きだよ、僕の奥さん」
「・・・バカ。突然何言ってるのよ」
「だってさ、言いたくなったんだよ」
「ふーん」

相変わらずひかるは、僕の愛の言葉をクールに交わす。今だって無関心で聞き流しているように見えるけれど、照れくさいだけなのだ。
――僕の大好きな女の子は、誰よりも可愛くて綺麗で、色っぽくて美しく、強い。一方で不器用で感情表現が苦手で、意地っ張りで繊細な面も持っている。そんなただの女の子が僕の幼なじみ――否、僕の妻・二ノ宮ひかるだった。
僕はひかるに顔を寄せ、キスをした。キスを重ねていくうちに、すぐさま甘い疼きに変わり、彼女の全てを味わいたくてたまらなくなる。まだ明るいうちに盛るのはどうかと、一瞬その考えが頭をよぎったが、すぐに打ち消した。新婚だし、若いし、仕方ないって話で許してほしい。

「ひかる。好きだよ、愛してる」

ひかるを見つめて囁けば、彼女も同意するように微笑んだ。
ねえ、ひかる――「約束」するよ。5年前とは違う、新たな形で君を愛していくことを。






Cool Sweet Honey!太壱編完結

お付き合いありがとうございました!これにてひかると太壱のお話は完結ですv



 
ランキング参加中です。宜しかったらお願いします



Copyright 2010 黒崎凛 All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system