Cool Sweet Honey!

太壱編12

「うわあ、予想以上のすっごい結末になりましたねぇ」
「・・・もういいだろ?君のいいようになったんだから放っておいてくれないかな」

ひかるが部屋から出て行って、僕と高野さんが取り残されると彼女が面白そうに声を上げた。僕は高野さんを見ることなく苛立ち混じりにつぶやき、彼女はふう、と嘆息した。

「そうですね。もう私が何かする必要はないみたいですから」

最後ににっこりと微笑んで、「お疲れ様でした」と挨拶だけ残して僕の前から消えた。おかげで室内は僕一人、静寂に包まれる。静かな部屋でしばらく呆然としていたけれど、僕は今やらなくてはならないことを思い出して携帯を取り出した。電話する相手の番号を探して発信ボタンを押し、数コール目に相手が電話に出た。

「なにか用?どうしたの、太壱」
「航・・・。突然なんだけど、ひかるを駅まで迎えにいってくれないかな」
「は・・・?」
「お願いだよ」

電話の相手はひかるの弟であり、僕の幼なじみでもある航貴。ひかるを僕の車で送るわけにはいかなかった。でも電車に乗って駅からひかるのマンションまで一人で歩かせるのも嫌だった。徒歩10分ほどだったにしても、そろそろ夜11時近くになる。だから航貴にひかるを迎えに来てもらえれば僕が安心できるのだ。
航貴が電話越しにため息をついているのがわかった。

「・・・太壱が送ることができない理由があるの?喧嘩でもした?」
「そんなんじゃないよ・・・。ただの喧嘩ならどんなによかったか」
「なにがあったか知らないけど・・・ひかるのことは了解。でも事情くらいは僕にも教えてよね」
「うん・・・でも今はちょっと無理だよ。話せば長くなる」
「わかった。けど近々絶対話してよ。約束忘れたらぶっ殺す」
「・・・はい、絶対忘れません」
「よろしい。じゃ、お姉サマのお迎えにいってくるよ」
「ありがとう、航」

航貴との電話を終えてひかるのことはこれで大丈夫だと、ほっと安堵した。ひかるは僕が相変わらず過保護だと、呆れるだろうか。何があっても彼女を心配してしまう自分に苦笑しながら、航貴にどうやって説明しようかと考えをめぐらしていた。



***


それからというもの、僕とひかるの生活は全くかみ合わなくなった。ひかるは一人で電車で通うようになったし、一緒の講義だって顔を合わせなくなった。今までのギクシャクした感じがかわいいと思えるくらい、あの日以降完璧に避けられている。こんなにもひかると話もせず、側にいない日はなかったからものすごく違和感があった。
大学ではひかるに気づかれないようにこっそり彼女の姿を捉えていた。その度に胸が締め付けられるように苦しくもあり、嬉しくもあった。彼女と離れても僕の想いが消えることはなく、いっそう募る。けれどすでに軽蔑され嫌われきってしまった僕に、なにができるだろう・・・。
どうすることもできない。否定することもできないし、弁解するのも嘘っぽい。
ひかるの20歳の誕生日は刻々と近づいてきているのに、何も変わりはしなかった。誕生日プレゼントに買った指輪も、せっかく予約したホテルも無意味なものとなる――5年前した「約束」のように。
鬱屈とした気分のまま大学から家に着いて車を降りたとき、訪問者の姿が目に入った。車を止める場所から庭を通り過ぎようかというとき、玄関の前に――航貴がいた。どうして航貴がいるんだろう、と疑問に思ったのもつかの間、彼の訪問目的がわかってしまった。まずい、非常にまずい。航貴に話をする、と約束してから全く連絡を取っていなかった・・・。
殺される。絶対に殺される。血の気が引いて、逃げ出してしまおうかと思ったとき、運悪く航貴に見つかってしまった。彼は僕を見つけると、にっこり微笑んだ。童顔で愛らしい笑顔なのとは裏腹に、真っ黒なオーラが漂っているようだ。

「太壱、会えて良かったよ。すぐに連絡くれるかと思って待ってたら、もう2週間近くになったよね。それでも太壱は友達思いの奴だと信じてたのに・・・本当にがっかりだな」
「ご・・・ごめん。今日にも話すつもりだったんだけど・・・」
「へえ?そうなんだ・・・。でも僕の忠告は無視されたわけかあ・・・」
「ち、ちがうよ!航・・・っ!」
「うるさい、黙れよ」

と、言うやいなや航貴の回し蹴りが鮮やかに決まった。華奢な体格に似合わず空手部に所属している航貴に敵うわけもなく、地面に倒れこむ。・・・昔から航貴はものすごかった。ちくちくと痛いところを突く毒舌っぷりと空手技で、航貴に勝てたことは一度もない。

航貴はさらに倒れ込んだ僕の胸倉を掴んで立ち上がらせたかと思うと、黒い笑みを輝かせながら顔を突き合わせた。

「僕も気の長いほうじゃないんだよね…。ひかるも様子が変だし、何があったかと思えばお前は無視するし。ふざけるなよ僕に殺されても怖くないってか、いい度胸だな覚悟しやがれ」
「うわー!!ごめんなさい、許してください全部きっちり話しますからっ!!」
「そう?その台詞忘れないでね。とりあえず家に上がらせて」

ころりと極悪オーラから一転、いつもの航貴に戻る。黒いときの航貴には逆らわず謝るのが1番だと、身に染みてわかっていた。情けなくとも貫禄ありまくりの彼には勝てないのだから仕方がない。
僕は航貴を部屋へ通して、洗いざらい話した。「約束」のことも最近のことも話さなければ説明できないし、ごまかすこともできやしない。
黙って聞いていた航貴は、僕が出した紅茶を飲み干すときっぱり言い放った。



「この、ヘタレが」

にこにこ笑いながらの鋭い口調に、僕への非難がその一言に凝縮されていた。航貴ならそう言うだろうと予想はしていたものの、傷口に塩を塗られたようで少し堪えた。
落ち込む僕を尻目に航貴は歯に布着せぬ物言いで、攻撃の手は緩めず続ける。

「女相手に油断してなにやってるの?バカだね、だから太壱はいつまでもヘタレなんだよ……このドへたれめ」
「何回も同じこと言ってくれなくてもいいよ、航貴…。自覚はしてます」
「で、太壱はこれからどうするの?何もしないでウジウジしてたいわけ?」
「僕だって今の状況を抜け出したいに決まってる。ひかるに僕の気持ちをちゃんと伝えたいし、受け入れてもらいたいんだ。…でも…それをひかるは望んでないからどうにも……うぐあっ」

航貴が僕に肘鉄を食らわし、油断していた僕は防御する暇もなくもろに決まった。顔をしかめながら彼を見上げれば、笑顔は消え、凶悪面の航貴登場だ。

「うるさいなあ、細かいこと言ってんじゃねーよ。だからどうしたいって言うんだよテメーはぁ」
「航貴…なにも乱暴にしなくても…」
「何をいまさら。とにかく、太壱もできること考えなよ。ひかるだって意地を張ってるだけで、今の状況を望んでるわけじゃないんだからさ。それに、ひかるは僕がなんとかしてあげるよ」
「航……?」
「今の二人のままだといい加減うざいんだ。」

憎まれ口を叩きながらも、僕への友情や姉に対する優しさが伺えてうれしくなった。
航貴の言いたいことも十分わかる。このまま何もせずにひかるを諦めることができるかと問われたら、無理だ。僕はひかるが好きで、それは今でも変わらない。
ならば僕はどうしたらいいのだろう。僕にできることは少なくて、なんとしてでもひかるの信頼を勝ち得なければならない。そのためにできることは……やっぱり、一つしかないんじゃないか。
今までと変わらない方法で、僕がずっとし続けて来たことだ。

「航……」
「ん?」
「ありがとう。ちょっと勇気出た」

僕が笑ってそう伝えると、航貴も微笑んでくれた。
何度でもひかるに好きだと言いたい。僕には君しかいないのだと、言葉と態度で伝えたい。これまでも待てたのだから、この先だってひかるが僕を好きになってくれるまで待てるはずだ。
怖がらずに一歩前に踏み出さなければ、何も変わらないから…。

「じゃあ、僕はもう帰ってひかると話をしてこようかな。ああ、それと太壱」
「なに?」
「ひかるの誕生日にホテルとったんでしょ?仲直りできなかったら僕が使ってあげるから安心してよ」
「…ええ!?」
「有効活用だよ?まっ、そうならないことを祈ってるよ」

航貴が帰って行くのを見送って、それから僕は一人で明日のことを考えた。ひかるにきちんとした形で会うのは随分久しぶりな気がして、緊張しつつもうれしさを感じていた。
ひかるに会いたい、話したい、側にいたい。最近彼女から離れていただけに、そんな思いが込み上げていた。











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