Cool Sweet Honey!

7話

今日の2限の講義は解剖学だった。あたしは美佳と早苗と一緒に教室を出て、お昼にしようと学食に向う。正直、解剖学のあとに昼ごはんはあまり気持ちのいいものではないけれど、慣れるしかない。
この講義はクラスごとに分かれているから、太壱は別のクラスで今はいなかった。
昨日会ったこととか、他愛もないお喋りをしていたとき、突然美佳が大声を上げた。

「あーーー!ひかるちゃん、ひかるちゃん!王子!王子が浮気!」
「・・・浮気って・・・」
「いいからぁ、見て!ねっ、早苗ちゃん!あれ、王子だよね?てゆーか見間違えようもなくあのキラキラオーラは王子しかいないんだけど!」
「・・・ああ、本当だ。王子にしては珍しい光景じゃない?」

にやりと早苗まで笑う。
そもそも浮気って単語はあたしと太壱の関係には当てはまらないんだけど・・・と反論したくても、聞いてはくれないだろう。
美佳があまりにうるさく言うものだから、彼女が指し示す方向を見た。そこにいたのは太壱とかわいい女の子・・・高野さんだ。
こうして並ぶと、身長差が際立つ。背が高くて黙ってれば「王子様」な太壱と155センチ位の小柄な高野さんは、傍目にほのぼのとしてお似合いのカップルに見える。
その光景を見て、あたしは何か衝撃を受けた。お似合い・・・そう、本当に。太壱の隣にはああいう子がよく似合う。
あたしがぼーっと二人を見ていると、美佳がじれったそうにさらにわめきたてた。

「ねえ!ひかるちゃん、どういうこと!何があったの、あの子誰、王子がそこらへんにいる女の子と仲良く話すなんて!」
「美佳、あんたが動揺してどうすんの・・・もう少し落ち着きなよ。・・・で、ひかる?あれが誰だか知ってる?」
「・・・最近バイトに新しく来た子。この大学の看護学部だから偶然会ったんじゃない」
「へえ・・・そうなんだ。なるほどね」
「あの子、どうせ王子目当てでバイト先選んだんだよ!絶対そう!そうに決まってる!私にはわかるもんっ!」
「・・・それは美佳の憶測でしょ?」
「だってさ〜、ひかるちゃん・・・。王子と仲良くできる機会ってなかなかないじゃない?だから・・・」

太壱は気さくで人にも優しい。でも、だからといって女の子と仲良く話すタイプじゃない。邪険に扱うこともしないし笑顔で対応するけれど、どこか一線を画そうとしている。
数少ない医学部の女子とはあたしの繋がりで普通に話すだろうけど・・・確かに他学部の女の子といる太壱は珍しかった。
周りの女の子たちは太壱の態度を察してか、遠巻きに熱のこもった眼差しで見つめているだけ。あまり太壱にアピールする子も少なかった。その原因の一つとして、あたしが太壱のカノジョだと認識されている、というのもあるにせよ。

「とにかく早く行こう。席無くなるわよ」
「え〜〜、あのままにしておいていいの?ひかるちゃんっ」
「あたしが割り込む必要があるの?別にないでしょ」

さっさとこの場を離れたい。あたしは美佳と早苗を引き連れて学食に向かいたかった。それなのに――

「ひかる!」

太壱に気付かれてしまった。こんなに人がいるし、おしゃべりしてるせいで気付くはずないと思ったのに。
そのまま無視しようとしたら、隣の美佳に腕をとられた。彼女をみると、かわいい笑顔ながら「逃げるな」と顔に書いてあった。
太壱はそのまま人込みをぬってあたしの元にやってくる。高野さんもあたしの顔を見ると笑顔を見せて太壱についてきた。
…早く立ち去りたい。苛々するから。なんで苛々するの?…そんなの・・・・・・あたしは知らない。

「ひかるたちも終わったんだね。会えてよかった。さっき偶然高野さんと会ったんだよ」
「神崎さん、こんにちは。本当に大学で会えるものなんですね!私うれしくて…」

二人があたしに話し掛ける。だけどあたしには返す言葉がなかなか見つからなかった。話し掛けないで。何も言わないで。
そんなことを人に対して感じてしまうあたしが嫌だった。でも止まらない。
あたしはいつもの冷静な自分を思い出そうとした。最近のあたしはおかしい。度々感情的になりがちだ。
そしてなんとかあたしは高野さんだけを見据えて微笑んだ。

「あたしも会えて嬉しいわ。友達待たせちゃ悪いからゆっくりできなくて残念だけど、またバイトでね」

最後まであたしは太壱を見なかった。見ることはできなかった。
すぐにあたしは太壱たちに背を向けた。美佳と早苗もためらいがちについてくる。太壱の強い視線を背中に感じたけれど、あたしは全てを無視した。



***



学食に着いて何とか席を確保した。あたしは今日、弁当だった。というよりも母さんが父さんに弁当を作るついでに、あたしと弟の分まで用意してくれるから、大体が弁当。
たまに学食を利用するくらいで、美佳と早苗が学食組だからあたしはそれに付き合っている。
美佳と早苗がご飯を注文しに行って戻ってくると、美佳が興奮しながらさっきの話をほじくり返してきた。

「ひかるちゃん、あれで良かったの?王子がとられちゃうよ!本当にそれでいいの!?」
「・・・何がよ。あたしには関係ないじゃない」
「何で?あの二人を見てなんとも思わないの?ヤキモチとかさっ」
「あたしがヤキモチ?まさか!するわけない。太壱相手に。・・・それに、あの子かわいいじゃない?あたしはお似合いだと思う」

それはさっきの光景を見てからの、心からの感想だった。美佳はあたしの答えに唖然としたようだ。

「お似合いって・・・本気でそんなこと言っちゃってるの?ひかるちゃんと王子のほうがお似合いなのに・・・」
「・・・まったく、ひかるも強情だね・・・。てことは、王子とあの子が付き合ってもひかる的にはいいの?」
「当たり前でしょ・・・」

だって、あたしには関係ないもの。
けれどなぜか、早苗の問いに答えた声は小さくなっていた。
太壱が女の子と付き合う――考えたことがなかった。どうして?太壱だったら逆にいないほうが不自然なのに。太壱はずっとあたしの隣にいたから。だから、彼の隣に他の女の子がいるところが想像できないのだ。
太壱が誰かと付き合ったら・・・きっと、あたしから離れていくに違いない。当たり前だ。あたしと太壱は「約束」を間に挟んだだけの幼馴染なんだから。

「いいじゃない、別に!そしたら太壱はもうあたしを追いかけないでしょ?あたしは構わない、むしろせいせいするわ!さ、この話はもう終わりね!」
「〜〜っ。ひかるちゃんのバカァ!この意地っ張り!鈍感っ!!」
「ほっといて。これがあたしなんだから」

美佳の抗議を受け流してあたしは食事に集中しようとした。けれどそれも、すぐに叶わなくなった。
あたしの隣、空いていたスペースに定食ののったトレイが置かれた。
いぶかしんで見上げると、そこには今あたしが会いたくない人物――笑顔を浮かべた太壱がいた。

「ここ、いいかな?」
「あ、うん・・・どうぞどうぞ!」
「ありがとう」

美佳に了解を取ってあたしの意見を聞くことなく、隣に太壱が座った。
彼はいつものように笑顔を振りまいているけれど、静かな怒りが感じられた。隣に座っているだけでそれが伝わってくるし、あたしを見たとき目が笑っていなかった。
・・・あたしがさっき無視したことを怒ってるのね。だからといって謝る気はないけれど!
つんとしたまま、食事中あたしは太壱に話しかけることも見ることさえしなかった。太壱もわざとだろうか、あたしに絡もうとはせず、美佳と早苗と話していた。
皆が食事を終え、そろそろ移動しようという話になったとき、あたしは太壱に腕を掴まれていた。

「ごめん、ひかるを借りていい?ちょっと話があるんだ」

にこり。と、人畜無害そうな微笑み。それに反してあたしを掴む力は強い。
美佳と早苗の裏切り者は、あたしを太壱に喜んで差し出した。嬉しそうに、「ちゃんと話し合ってね〜」とまで言っていた。
あたしは太壱に近くにあった教室に引っ張られた。その強引さにあたしは苛立った。

「ちょ・・・っと、いい加減離しなさいよ!」
「さっき、何で僕を無視したの?ひかる?」

あたしの腕を掴んだまま、太壱はあたしを見据えていた。彼の問いは思った通り。
けれどあたしにだって答えられない。なんとなく会いたくなかったし、話したくなかったんだから。

「・・・・・・さあね」
「もしかして僕が何かひかるの嫌がるようなことした?だから怒ってるの?」
「・・・違う。そんなんじゃない。それに・・・あたしは怒ってないわよ」
「嘘だ。僕に対して苛立ってるんじゃないの?」
「ちがうったら・・・!」
「・・・ひかる・・・」

太壱があたしを壁に押し付けて、唇を近づけてきた。――キスされる。
こうやって前触れもなく太壱がキスを仕掛けてきたことはあった。だから、別に驚くことはなかったはず。
だけど―――

「いや!やめなさいよっ」

あたしは初めて拒絶した。今まで何だかんだでキスを受け入れてきた。でも今は絶対にしたくなどなかった。いやだった。
思い出してしまったから、この前の疑念を。実は太壱があたし以外にもしてるんじゃないかということを。
そしてとっさに思い浮かんだのは太壱と高野さん。その光景があたしを大きく揺さぶった。
あたしの拒絶に、太壱はしばらく呆然としていた。太壱があまりに調子に乗ったらあたしは拒否するけれど、今日はそれには当てはまらなかったから。
太壱の瞳に浮かんでいたのは、戸惑いと苦悩と、怒りと、絶望、哀しみ――そんなごちゃまぜな感情。
彼は不意にあたしから視線を逸らして、床を見つめていた。そして、次の瞬間に彼の口から出たのは思いがけない言葉だった。





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