Cool Sweet Honey!

6話

それからあたしは気持ちを落ち着けて、完璧に仕事に戻った。あたしはホールで太壱はキッチンの方にいるから、あまり顔を合わせることがなくて助かった、というのが本音だ。
10時から入る人がまだ到着しないらしく、太壱が少しだけ延長することになったらしい。彼が終わらないとあたしも帰れないので、スタッフルームで待つことにしていた。
10時上がりの新人・高野さんもここで帰る準備をしていて、彼女と大学はどこだとか、今日の感想を話していた。

「あたしと太壱も高野さんと同じ大学よ。あたしたちは医学部だけど」
「え、そうなんですか?偶然ですね!それじゃ、大学で会うかもしれませんね」
「かもね。高野さんは一人暮らし?それとも実家?」
「私は一人暮らしなんです。大学のためにこっちに来たんですよ」
「そっか」

その結果分かったのは、彼女もあたしたちと同じ大学で看護学部だった、ということだ。
共通点があったことで会話も弾んだ。県外から来た彼女は一人暮らしをしているらしい。
こんなにも可愛らしい女の子が一人暮らしだなんて危なくないのかしら。誰かが守ってあげなくちゃいけないような――彼女こそまさに「か弱い女の子」って感じ。
あたしがそんなことを考えながら高野さんを見つめていると、彼女も聞きたくてたまらなかったけれどためらっていたかのように、おずおずと口を開いた。

「・・・神崎さんと二ノ宮さんって、付き合ってるんですか?」
「・・・別に・・・付き合ってるわけじゃないの。太壱とはずっと幼馴染だから」

何度も聞かれて、何度も答えてきたおなじみの質問だった。
高野さんは驚いたように「えっ」と声を上げた。

「・・・そうなんですか?絶対付き合ってるんだって思いました。だって、神崎さんが絡まれてるときの助けたのだってすごく・・・恋人っぽかったですから・・・」
「太壱が大袈裟なだけよ。あたしと太壱は幼馴染。それだけなの」
「意外です。・・・だって、二ノ宮さんってすっごくかっこいいですよね?顔立ちがきれいだし、背も高いし、優しげだし・・・。なんかもう、洗練されてて完璧じゃありません?私実は、大学で二ノ宮さんを見かけたことあるんです。そのとき綺麗な人だなって思って・・・そしたら今日バイト先にいて、びっくりしちゃいました」

高野さんがほう、と感嘆のため息をつく。頬を赤く染めながら太壱のことを褒めちぎっていた。
・・・なんだかいろいろと太壱が理想化されているなぁ・・・と思う。
あいつはすぐ情けなくなるし、あたしにすがりついてくるし、煩悩の固まりだし。洗練なんかされてるわけがないのに。
そして高野さんは、誤解の最たる極めつけの一言を言った。

「今まで女の子にモテたに決まってるから、あっちの経験も豊富そうですよねー!ねぇ、神崎さん。二ノ宮さんって今までカノジョたちとどんな感じでした?」
「・・・さあね」

残念ながら経験豊富どころか、あいつは童貞よ。
と、とげとげしい気持ちを感じながら誤魔化した。
誰もが、モテる太壱が童貞であるはずがないと思っている。確かにあの目立つ容姿の彼なのだから、中学でも高校でもカノジョの一人や二人はいて、経験済みだと思うに決まってる。カノジョでなかったにしろ、太壱の整った容姿に誘われた女性と済ませてしまっていると考えるのが妥当かもしれない。
あたしだって太壱が、恋する乙女みたいに貞操を大切にとってあると考えるよりも、さっさと捨て去ってしまっているほうがしっくり来る。男ならなおさら、童貞なんて早く捨て去りたいと思うはずじゃない?
太壱の貞操を証明する術なんてない。女なら一発で分かってしまうけれど、男なら黙ってやバレないんだもの。
そう。太壱だってわからないのよ。あたしを散々「抱きたい」といってキスをしながら、その前には他の女とも――。
・・・・・・・想像したら気持ち悪くなった。自分の想像にイライラするなんて馬鹿みたいだけれど。でもこのイライラは、口では甘い言葉を囁きながら本能には逆らえない男の不実さによ。それしか理由はない。
なんだかまた最悪な気分。何でこんなムカムカして、苛立つんだろう。

「・・・あの、神崎さん。じゃあ、二ノ宮さんって付き合ってる人います?」
「・・・いないと思うけど・・・」

多分。あたしの知る限りは。
高野さんはあたしの言葉に、パッと表情が輝いた。

「・・・よかったぁ・・・。あ、で、でもだからって関係ないですよね。私には高望みというか・・・」
「・・・・・・そんなことないんじゃない?高野さん、女の子らしくて可愛いから」
「そんなことありませんよ!私は神崎さんみたいな綺麗な人が羨ましいです」
「そう?じゃあ互いに無いものねだりね」

そっけなくならないように気をつけて微笑んだ。気分はどんどん下がっていた。心が冷えていくみたいに急速に。
あたしは・・・どうしたっていうの?
俯いたあたし。そのとき、スタッフルームのドアが開いた。

「ごめんね、ひかる。すぐ帰ろう?」

現れたのは太壱だった。声音からあたしを待たせたことを気にしているようだとわかった。

「あ、二ノ宮さん!お疲れ様でした〜」
「ああ、高野さん。お疲れ様。今日はどうだった?疲れてない?」
「はい、全然!実は私、二ノ宮さんたちと同じ大学の看護学部で・・・」

高野さんが太壱に嬉しそうに話しかけて、二人の会話が進んで行くのが聞こえる。
太壱も彼らしく穏やかに相槌を打って、楽しそうに見えた。
二人から目を逸らして、あたしは早く駐車場に行ってようと思った。なんとなくこの場にいたくない。

「あ、待って、ひかる!僕もすぐ行く。・・・ごめんね、高野さん。君もあまり遅くなると危ないから、今日はここまで」
「そうですね・・・。ごめんなさい、私ったらつい・・・。また会ったらお願いします、二ノ宮さん、神崎さん」
「うん。じゃあね」
「・・・またね、高野さん」

彼女に笑顔で挨拶を返したあと、駐車場に向った。
太壱はあたしの様子をいぶかしんでいるようで、あたしにはそれがまた腹が立った。

「・・・あたしに気を遣わなくてもよかったのに。まだ話していてもよかったのよ」
「何言ってるの?僕はひかると一緒に帰りたい。そんなことしか考えてないよ」
「・・・ふぅん。でも、あの高野さんって可愛いと思わない?お人形みたいで」
「う〜ん、別に?」
「別に?あんた、頭大丈夫?」
「だって僕が可愛いと思うのは、ひかるだけだから。ひかる以外を可愛いなんて思うわけないよ」

太壱がさも当然だというようにさらりと言う。車に乗り込んで、シートベルトをしてエンジンをかけながら…普通に。
あたしもシートベルトをして、運転に集中し始めた太壱を横目で見る。…自分の言った台詞を意識などしている様子もない。
あたしは率直な太壱の言葉に少し動揺していた。


「・・・・・・なにそれ。あたしが”かわいい”わけないじゃない・・・」

あたしは容姿的にも性格的にも、「可愛い」といわれるわけが無い。外見では「綺麗」といわれることはあっても、間違っても「可愛い」なんて言われない。
性格だってあたしは思ったことははっきりというし、頼ることも甘えることもしない。自分でもツンとした性格だって分かってる。そんなあたしが「かわいい」?バカじゃないの?
それなのに、太壱は前を見ながらくすくすと笑っている。

「わかってないなぁ、ひかるも・・・。ひかるは可愛いよ、とてもね。でもそれを知ってるのは僕だけだ」

あ、でもひかるのご両親も知ってるに違いないや・・・と太壱は付け足すように言う。

「…ふざけないでよ。バカなこと言わないで!あたしはかわいいなんてタイプじゃないの!かわいいっていうのは、高野さんみたいな子を言うのよ」

誰から見たってそうに決まってる。
あたしは彼女みたいな可愛らしい女の子にはどうやったってなれないのだ。自分の可愛げのない性格も自覚済みだし。
感情的になってるのが自分でも分かったけれど、コントロールする術がわからなくなってしまった。

「ひかる」

太壱があたしの名前を呼ぶ。赤信号になったようで、車が停止した。太壱はあたしの肩を抱き寄せ、唇を重ね合わせた。
ただやさしく、あたしを落ち着かせるみたいに穏やかなキス。それはまるで太壱そのもののように。
悔しいけれど、そのキスであたしは冷静を取り戻した。感情の波が徐々に収まっていく。
あたしの体から力が抜けるのが分かって、太壱もあたしから離れる。
太壱の茶色い瞳はあたしを穏やかに見つめていた。

「ねえ、ひかる・・・。あまり自分を貶めないで。僕のひかるを侮辱したら、いくらひかる本人でも許さないからね」
「・・・何よ。あたしはあんたのものになった覚えはないわ」

あたしがすかさず否定すると、太壱は小さく笑った。そして懲りずに、「それでこそ僕のひかるだよ」と言った。
すぐに青信号になって車は進む。
太壱の優しい声に、あたしは不覚にも鼻がつんとなった。










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