Cool Sweet Honey!

4話

あたしが言った言葉は、太壱に理性を取り戻させるのにかなりの効果があったらしい。あたしはほっと安心したことを太壱に気付かれないように、尚も言い募った。

「我慢できなくてあたしを襲うようじゃ、あたしはあんたを一生許さない。最低な形であんたは約束を反故にしようとしたのよ。ま、あたしはそれはそれで構わないけどね」
「……ごめん。もうしない。ひかるが20歳になるまで待つ。待つから……!」
「そんなにしたいのなら、わざわざ待たなくてもいいのよ。あんたなら黙ってても寄ってくるでしょ」
「違うよ!ひかるじゃないと意味がないんだよ。ひかる以外欲しいとも思わない!」

ぎゅう、と太壱があたしを抱きしめた。彼の声にはたしかに切望と懇願がこめられている。
あたしが太壱にそうさせている。彼が暴走したこともあたしは強く責められる立場じゃない。太壱はしばらく黙っていたけれど、「…ひかる」とかすれた声であたしを呼んだ。

「……どうしよう、収まりがつかないんだけど…」
「何、が…………」

そう言いかけたところであたしは気付いてしまった。
抱きしめられたことで太壱のアレがあたる。欲望の証ともいうべきものが。
あたしは次の瞬間には体をおもいっきり離して、叫んでいた。

「…太壱っ…あんた、早くコレをどうにかしなさいよ!!」
「…そんなこと言われても仕方ないじゃないか!ひかるがかわいすぎるから…っ。ああ、ひかるが抱きたい抱きたい抱きた…」
「うるさい、黙れ!」

相変わらずのおおっぴらな告白をする太壱をぴしゃりと言い付けた。ため息をつきながら俯くと、見たくもないものが視界に入って来てしまった。
太壱のソレがジーパンの上からでも大きく主張しているのがわかる。
視線をそらしたかったけれど、すぐにはできなかった。その不思議な様子をじっと見てしまった。すると、ソレがまた……膨脹した……気がした。
あたしの顔が一気にひきつる。

「な、な、な何反応してんのよ、いやらしい!!」
「だってさ、ひかるがそんなに見つめるから…っ」
「そんなに見つめてないわよ!ほら、さっさとトイレにでもこもってきなさい!!」
「……わかったよ……。じゃあひかるを想って抜」
「それ以上ふざけたこと言ったら殺すわよ!!」

にっこり爽やか笑顔でとんでもないことを言おうとする太壱に、近くにあったクッションを投げつけた。けれど太壱はにこにこと簡単にそれをかわす。
そして太壱が部屋を出ていくと・・・あたしは一気に脱力した。



***

「ひかるの誕生日は絶対空けておいてね」

太壱が戻ってくるなり、開口1番に言ったのはこんな言葉だった。あたしの誕生日まであと一ヶ月近くあるにもかかわらず、太壱はうっとりと酔ったような顔をしている。

「ホテルも予約したし。ひかるの誕生日が土曜ってこれはもう運命だよね。一日中していいって言ってるようなものじゃない?」
「……なに、ホテルって…あんた、バカ?」
「だってせっかく温め続けてきたハジメテをラブホなんかでしたくないでしょ?お互いの家だといつ邪魔されるかわかんないし。てゆーか、思う存分できないから。コレは重要だよね」
「……」

呆れてものが言えない。てゆーか一日中、とか思う存分って何さりげなく恐ろしいこと言ってるのよ。喜々として弾んだ声が太壱は本気だと告げている。

「ねぇ、ひかる…」

途端に真剣な調子になっていた。私の長い黒髪を太壱は一房とり、唇を寄せる。そしてまっすぐに私を見つめる太壱の瞳とかちあった。

「…僕はあの時した約束を守り続けてる。だから、ひかるも二十歳の誕生日には約束を守ってくれるよね?」

――約束。あたしと太壱が今みたいな奇妙な関係になったひとつの要因でもある。
太壱はあたしに念押ししているのだと思った。あたしがその日、逃げ出さないように。
けれど逃げ出すことも、なかったことにすることもできない。そもそもあたしのプライドが許さない。
でもそれも……太壱が約束をちゃんと守ったらの話。
あたしには太壱が約束を守ってほしいのか、破ってほしいのか、それさえもわからない。

「……あんたが……あたし以外に興味を移すかもしれないじゃない」
「僕が?今までずっとひかるだけを願いつづけてきたのに?まさか!そんなことありえないよ」

あたしの小さな抵抗の言葉に、太壱はいかにも心外だというように返した。そしてまた、あたしに強い眼差しが向けられる。逃れられない。瞬時に思った。

「…覚えておいて。僕がこの世で1番愛してるのはひかるだし、ひかるの全てがほしい。だから僕はキミを抱きたいと思うよ。何を捨ててもね」

太壱がにっこり笑って、いつもと同じ調子でろくでもないあたしの誕生日の計画を話し始めた。さっきまで取り巻いていた危うい空気はなくなった。
あたしの思考は5年前――中学3年生当時に飛んでいた。あたしと太壱の「約束」の始まり。
あの頃のあたしが太壱に告げた普通じゃ考えられない話。言い放ったあたしもあたしだけど、承諾した太壱も太壱だ。

――「それじゃあ、あたしが二十歳になるまで童貞を捧げなさいよ!誰にもキスしない、抱かないって約束して。あんたが守ったら、その時はあたしを抱くなりなんなりすればいいんだわ!」――

あの時、15のあたしは冷静さを失って喚くように言った。今顧みればなんてことを言ったんだろうと思う。
だけどあの時のあたしは、ああ言わずにはいられなかった。あの時に戻ればあたしは何度でも同じことを繰り返すだろう。
そして太壱は、あたしの言葉に静かに頷いていた。

――「約束するよ、ひかる。僕は君が好きだ。5年経ったとしても、何年経っても同じことを言うから。だから…僕が約束を守ったその時は、ひかるをくれる?」――

今みたいに欲望のこもった瞳で、あたしを見つめてきた太壱。あたしは頷くことしかできなかった。
あたしと太壱のキスもその約束から派生して、太壱があたしへのキスだけは許してほしいといったから。


あたしのした約束がどういうことか、あたしにはまだ実感がわかなくて、太壱の想いなどはっきりわかるわけでもなく。

今、よくよく考えてみて……思う。
太壱は本当にあたしのことを欲しいと思い続けているのだろうか。あたしのことを本当に好きでいるのだろうか。
彼はただあたしのことを哀れんで頷いたんじゃない?今はもう、引っ込みがつかなくなっているんじゃないの?
あの時傷ついて、冷静さを失ってたあたしのために。
太壱はやさしいから。彼はあたしを傷つけることなどできない。だからあたしのことが好きだという。甘いセリフを繰り返して態度を示す。そうすればあたしが傷つかないのだと、信じて。
確かにあたしを「抱きたい」って欲望を表すけれど、あれは男なら当然のことだもの。
ただ、本能のままに。性欲を感じているだけ。
あたしを欲しいと思うのはそういう感情からだと思う。
だって、あたしたちが中学生の頃だって、そうだったじゃない――。
太壱だってどうせ同じ。彼自身が言ったはず。彼自身が態度で示したはず。
それに・・・「約束を守ってる」だなんて、あたしに分かるはずがないのに。あたしにはあたしの時間があって、彼には彼の時間がある・・・そのとき何があるかなんて、あたしにはわからない。
証明できるって言うの?女の子が簡単に寄ってきて、身を任せてもいいような気にさせてしまう太壱が、本当にあたし以外に手を出していないのか。
最近は・・・あたしの誕生日が近づくようになってから、疑惑があたしを渦巻いていた。理由なんてない。ただ考えてしまうだけ。
なんでよ。太壱がそんなことをしていたら、あたしは身を差し出さなくても済む。別に構わないはずでしょ?

「・・・ひかる?」

昔の事、太壱との関係をぐるぐると考え続けていたあたしに不審を抱いたのか、太壱があたしの顔を覗き込むように見つめていた。「どうしたの?」と言葉に出されなくとも問いかけられてるのが分かった。

「なんでもないのよ。疲れただけ」
「・・・そう。大丈夫?」
「大丈夫。なんでもない・・・」
「・・・・・・ひかる」

太壱は落ち着かせるようにあたしの頬にキスをする。そして、唇にも軽い触れるだけの口付けを。

「好きだよ・・・ひかる」

またそうやって、甘いことを言う。あたしのことを、好きだという。あたしにキスをする。
あたしは何を言っていいかわからなくて、黙り込むしかない。

――あたしはどうして、あたしを差し出す「約束」してしまったんだろう。
この状況は太壱をあたしに縛り付けてる。傲慢で愚かな約束だ。
「約束」が果たされたその先に、何があるって言うの?太壱はそれで満足して離れていくかもしれない。

5年経てば答えが見つかると思ってた。20歳――大人になれば何かがわかると思ってた。
けれど何も変ってない。形のないような不安を感じて、どうしたらいいのか考えてる。
幼い15歳のあたしと、20歳目前のあたし。どうして大人になれば何かが変わるなんて、幻想を抱いていたんだろう。








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