Cool Sweet Honey!

3話

お昼を食べた後、3・4限とぎっしりつまった講義をこなした。
4限が少し早く終わったので、私は太壱を待っていた。この大学は公共交通機関を利用するには少しばかり不便な場所にあるので、車での通学が許可されている。
どうせ一緒の大学に行くのだから、ということで私は太壱に行き帰りの送迎を頼んでいた。頼んでいた、というより・・・太壱が頑固に言い張ったから、という方が正しいかもしれない。
太壱は「そのために高校卒業後すぐに車の免許取ったのに」とも言っていた。私としても太壱が運転するわけだから、電車で通うより楽なので反対しなかった。
徐々に授業を終えた人たちが教室から出てくる。そして、4限終了を告げるブザーが鳴った。

「ひかる、お待たせ」

すぐに太壱がいつものやさしげな笑みを浮かべながら、数人の友人と一緒に私の元にやってきた。同じ医学部なので彼らとも顔なじみだ。目が合うと、彼らもにこっと笑った。

「久しぶりー神崎さん。今日もきれいだね!さっきの授業は男ばっかだったから、癒されるよ」
「そう?ありがと」
「全く羨ましいよな、太壱。こんな美人と毎日毎日一緒で・・・」
「そうそう、普通は男同士むさくるしく帰るもんだぜ!俺らみたいにな!」
「そうなの?知らなかった、ごめんね?」
「うわ、その言い方ウザ!」
「その悪気なさそうな顔がウザさを際立たせる!」
「はは、ひかるを待たせたくないからもう帰るね。また明日」

いつまでも続きそうな友人とのやり取りを、太壱は早くに切り上げた。友人たちも太壱のことはよくわかっているようで、「チクショー。明日なー」という言葉を最後に別れた。
太壱の友人たちはノリがよくて、私が軽蔑するような男たちの振る舞いをしない。だからこそ、付き合いやすかったし、気が楽だった。
少し歩いて行くと、駐車場につく。太壱の車に乗り込んで大学を出た後、「あのさ・・・」と太壱が話を切り出した。

「今日うちでご飯食べない?母さんと父さんがひかるに久しぶりに会いたいってさ」
「美咲さんと透馬さんが?」
「うん、最近会ってないよね?」
「そうね・・・会いたいかも。じゃあ母さんに連絡しなきゃ・・・」
「ああ、唯香さんには連絡しておくっていってたよ。父さんが帰ってくるまで夕食は待つだろうから、それまで僕の部屋で勉強しない?」
「そうね・・・そうする」

明日の細菌学の講義は予習が必須だし、解剖実習もあるから色々確認しておかなくちゃならない。
それに今日やった病理学も理解が追いつかなかったし・・・勉強することはたくさんある。
勉強することは嫌いじゃない。医者になるために必要なことだから、やる気も出るってものだ。太壱とは一緒に勉強することも珍しいことではなかった。
大学から1時間くらいかかって太壱の家に到着した。幼い頃から何度も来ているおなじみの家だけれど、本当に大きくて豪華な家だ。
太壱が玄関の鍵を開けて家に入り、私も「お邪魔します」とだけ一言言って続いた。廊下を歩いて、リビングに踏み入れた。

「母さん、ひかるを連れてきたよ」

太壱がリビングと一続きになっているキッチンに立つ彼の母親――美咲さんに声をかける。
すぐに美咲さんは太壱とどこか似た笑顔をぱっと見せた。

「ひかるちゃん、おひさしぶり!相変わらず美人さんねっ」
「おひさしぶりです」
「私、いつひかるちゃんがお嫁さんに来てくれるかって、心待ちにしてるんですよ。こんなきれいで可愛い子が太壱のお嫁さんとしてきてくれることがすっごく楽しみにしているんです!それにそうなったら、唯香ちゃんや神崎先生と親戚同士になるし、透馬先生もそれは楽しみにしてて・・・」
「・・・・・・」

誰に対しても敬語で話すことが癖であるらしい美咲さんのマシンガントークも相変わらずだった。そしてこの話題も言われ続けてきたことだった。
昔から両家族そろって付き合ってきたから、親同士・・・とりわけ母親同士が乗り気だった。私はそのたび、何もいえなくなる。

「母さん、僕たちは上で勉強してるから、父さんが帰ってきたら教えて」

太壱が頃合を見計らって美咲さんの話を終わらせた。美咲さんもすぐにはっとして、「ごめんなさいね、ひかるちゃん」と私に謝った。周りを気にせず喋り続けてしまったことを、恥じたらしい。
太壱は相変わらずな母親の姿に苦笑している。そして美咲さんが夕食の準備に取り掛かるのに戻るのを見て、私たちも太壱の部屋に向った。



***



太壱の部屋は広く、きれいに整頓されていた。脱ぎ散らかした服もないし、掃除もよくされている。シンプルで落ち着いた部屋で、ここも昔から出入りしていた場所だった。
その部屋で太壱が用意した紅茶とお菓子をつまみながら1時間くらい集中して勉強していた。

「ねぇ・・・ひかる」
「なによ」
「もうやめない?」
「私はまだしたいの。邪魔しないでよ」
「つれないなぁ」

太壱が拗ねたような口振りをしたかと思うと、適度に保っていた距離が詰められた。肩同士がぶつかりそうなほど近く、「ひかる」と甘えた声で私を呼ぶ。
まるで構って欲しくてたまらないような子供のように。気が散ってたまらなくて、怒りを感じながら太壱を睨みつけた。

「邪魔しないでって、言って・・・」
「・・・キスさせて」

私はその瞬間に悟った。私が何を言ってももう無駄だと。彼のスイッチは完全に切り替わってしまった。
甘い笑顔の裏側には確かに、隠そうともしない欲望の光がある。燃えるように熱く私を見つめた瞳。渇望が滲んでいるのを見つけて、私は息をのまずにはいられなかった。
最近…私のことをこういう「男」の視線で見つめることが多くなっていた。人がいる前では巧妙に隠しているけれど、二人きりの時は不躾なまでに送り付けてくる。
――けれど、他の男たちとは全く違った。いやらしく絡み付く男たちの視線はへどが出るけれど、太壱は不思議と不快感を感じない。
それは長い間一緒にいる安心感だとか、太壱のことはよく知っているからこそ感じるのかもしれないけれど…。
不快感の代わりに、太壱の視線は私を居心地悪くさせた。身の置き所がないように感じさせられてしまう。
太壱の長い指が私の顎をとらえる。ぴたりと太壱の瞳は私に張り付いて、離れない。欲望が燻っている茶色い瞳と、艶を帯びた甘い声。私に触れている指。
たしかに女の子が騒ぐのも無理はないくらい、綺麗な顔立ちだと思う。
どぎまぎさせられてしまう。太壱相手に。

「ねえ、いいでしょう?ひかる…」
「……嫌だって言ってもするんじゃないの」
「うん、したいよ。だってひかるは許してくれるでしょ…」

私が太壱に緊張を強いられているのを知られたくなくて、わざと冷たい声を出したのに、太壱はまったく怯まず甘い笑みを浮かべる。
そして、唇が塞がれた。最初は優しく触れて、すぐに激しさが増す。太壱の言葉を信じるならば、私以外とキスをしたことはないはずなのに――こんな巧みなキスをどこで覚えてくるのか疑問だった。
初めてしたときは手探りで、拙いものであったのに。
そんなことをぼんやり考えている間にも、太壱の腕が私を支え抱きしめられていた。

「……っ…ん……」
「……ひかる……っ」

どうしても甘い声が出てしまうことが許せない。けれど、自分ではどうすることもできなかった。
酸素を求めて唇が離れ、うっすら太壱を見遣れば濡れた瞳とぶつかった。彼はくすりと笑う。

「…かわいい僕のひかる…」
「…あ、太…壱っ」
「好きだ。…好きだよ」

耳元で低く囁かれるのは慣れていない。だから体がびくりと反応してしまう。そのまま耳を甘噛みされ、舌の感触を肌で感じた。最後にはまた口付けられて、頭を後ろにあるベッドに任せる形になる。
太壱はキスがうまい。うまいと言ってもあたし自身、比較対象がないから主観的にはなるかもしれないけど・・・このキスをあたしは気持ち悪いとは思わないから。
だからこそ厄介なのだ。むしろ「気持ちいい」と思ってるあたし。頭でそんな風に感じたくないと思っているのに、体がついていかなくて、流されまくってるあたしは本当にバカみたい。
激しく甘いキスを受けていると、何も考えたくなくなってしまう。だから、しばらく太壱の手が私の体をまさぐっていることに気がつかなかった。
彼の大きな手のひらが私の服の下にある肌をすべり、どんどん上を目指していく。あたしは目を見開いて太壱を見た。
彼は恍惚とした表情であたしの驚きに気づいていない。あたしの胸は太壱の手にも余るようで、感触を楽しむかのように動かし、顔は胸に押し付ける。
あたしは驚きを引っ込めて抗議の声を上げた。

「ちょ・・・、な・・・にしてんのよ・・・っ」
「・・・ひかるの肌すべすべ・・・。胸が柔らかくて、大きくて、気持ちー・・・」
「ふ、ざけ・・・ないで!太壱っ・・・・・・っ」
「…もう無理かも・・・我慢の限界、ひかる・・・」
「きゃ、ぁ・・・」


・・・この変態エロ王子っ・・・!
と、心の中で罵った。声に出そうと思ってもすぐに太壱に唇を奪われてしまって・・・それどころじゃなくて。
唇にキスされながら、器用にも服がたくし上げられる。ブラをつけたままのあたしの胸に太壱の視線は釘付けのようだった。太壱の口元が妖艶上げられている。

もう理性なんてどこかに行ってしまったかのよう。ただ本能のままに行動しているように思えた。総じて太壱らしくないのだ。
たしかにいつもあたしを誘うような目で見てくるし、べたべたとあたしに触ろうとするし、キスもやたらとする。けれどここまでしたことはなかった。あたしの本気で嫌がることはしなかった。それなのに――
そして、ブラさえも上にずらそうと太壱の手が動いたとき――あたしはぶちぎれた。

「それ以上したら、あたしはあんたを一生恨んでやるから!”約束”も無効だって知ってるでしょ!?」

あたしがそう言うと、太壱の動きがぴたりと止まった。





ランキング参加中です。宜しかったらお願いします
Copyright 2010 黒崎凛 All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system