Cool Sweet Honey!

2話

あたしの通う大学は県内でも難関と言われる大学だった。理系文系問わずさまざまな学部があり、キャンパスはばらばらに散らばっている。私が在籍する医学部は看護学部と同じキャンパスだ。
男子の多い医学部と女子の多い二つの学部が合わさって、ちょうどよい男女比になっている。
次の授業は休講になっていて、暇だった。少し早く学食に行ってご飯にしてもいいかもしれない。この時間なら授業中の人ばかりで空いているはずだ。
調子に乗った太壱を張り倒したあと放っておいた。あいつもあたしと同じ授業をとっているから、同様に暇な時間のはず。まあ、またしばらくしたらあたしを探しだして泣き付いてくるんでしょうけど。

「ひーかるちゃんっ!おっはよ」
「ひかるがこの時間にいるなんて、どうしたの?」
「…おはよ。美佳、早苗」

定食を食べようとしたあたしに声をかけたのは、同じ医学部の友人だった。あたしをちゃん付けする、長いふわゆるパーマをしているのが美佳で、背が高くショートカットの方が早苗だ。
男だらけの医学部の中で女友達は貴重な存在だった。二人はあたしと一緒のテーブルにトレーを置き、前に座った。美佳はキョロキョロとあたしの回りを見ていたかと思うと、最後には諦めたよう視線を戻す。

「あれ、今日はひかるちゃんの”王子”がいないんだねぇ。珍しい!!」
「別に……いつも側にいるわけじゃないわよ」
「そう?うちら的には側に”王子”がいる方がしっくりくるんだけど」
「だよねぇ。あーんなにかっこよくて優しい王子様にかしづかれてうらやましい!普通の女の子なら卒倒ものだよっ!」
「……太壱はただの幼なじみだもの」
「それがひかる達のわからないとこだよね。あんなに一緒にいて付き合ってないんだから」
「どうでもいいじゃない」

美佳と早苗は太壱のことを「王子」と呼ぶ。太壱の容姿と雰囲気からからかいの意味もこめているとあたしは思っている。それから黙々とご飯を食べるあたしに、美佳と早苗はわざとらしく肩をすくめる。

「王子ってすっごくモテるんだよ?そんな王子を足蹴にできちゃうのもひかるちゃんだけよねー」

鈴の鳴るようにかわいらしい声で美佳が笑って言った。
――太壱は物心ついた時からの幼なじみ。あたしにとってはただそれだけ。父親同士が親友で、母さんたちも仲がいいから…昔から当たり前のように隣にいた。
あたしと太壱の不可解で微妙な関係のことは周りは知らない。太壱があたしの隣にいつもいるものだから、付き合っていると思われている。
けれど親しい友人はそうではないことを知ってる。あたし達が、決して付き合っているわけではないということを。
太壱がモテることはもちろん知ってた。小学校は校区が違ったから別だったものの、中学・高校ではずっと一緒だったから。
彼は基本人に優しいし、怒ることは滅多にない。いつも笑顔で気配り上手だ。顔もいい。性格もいい。頭もいい――そんな彼がモテないはずはない。
彼の醸し出す穏やかな雰囲気と甘いマスクが相成って、「王子様」と評されるのは今に始まったことではなかった。昔から女の子の間では、「王子様」としてもてはやされていた。
実際の彼はそんな崇高なものではなく、普通の健全な成年男子なんだけど。普通に・・・というかそれ以上にエロいし、やたら変態っぽいときがあるし。
太壱はあたしの事を「好きだ」と言って憚らない。幼いときから聞き続けてきた言葉。あたしはそれをあしらい続けてきた。好きだと言うわけでも、嫌いだと言うわけでもなく・・・何も答えようとはしなかった。
それなのに太壱の幼馴染以上のキスを許しているのは、ある「約束」をしたから。「約束」が生んだ決まり――とでもいうのかもしれない。
美佳や早苗にも話していない。話せるわけなかった。微妙で、曖昧すぎる境界線があたしと太壱の間にはある。そんな微妙な関係のまま、太壱は変わらずにあたしの側に居続けている。

「あ、ひかる。後ろ見て」
「……なによ、早苗」
「いいから」

早苗の何かおもしろそうな表情が気になったけれど、仕方なく後ろを振り返る。
多くの学生が食堂の入口にいて……一際目立つ姿があった。
情けなくあたしを伺うように見つめている人物は……予想通りというかなんというか。早苗がおもしろそうにしていたのも納得できた。
彼は脇目をふらずにあたしだけをみて、近づいてくる。

「噂の王子のご登場じゃん」

早苗が言い、美佳と二人でニヤリと口元を上げてあたしをからかうように見ていた。太壱があたしを探しだして、すぐに見つけるのはわかっていたこと。

「ひかる。……あの、ごめんね?」
「………」
「二ノ宮くん、おはよっ!さ、ひかるちゃんの隣に座って座って!」
「ちょっと、美佳…」
「二ノ宮くん、ひかるに用があるんでしょ?いいじゃん、別に」
「あんた達…」

止めようと思っても、一旦勢いのついた美佳たちは止められない。あたし的には勝手に「太壱=あたし」の図式が組み立てられているようで、嫌なのだ。
けどそんなあたしの心情など、彼女たちは汲み取らないだろう。「キレイなもの」好きな美佳などはかなりのハイテンションだ。

「やだ、二ノ宮くん、今日もキレイだねっ!ご飯、頼んできたら?」
「あー、今日はコンビニなんだ。よかったらここで食べさせてもらえる?」
「もちろんいいよぉ。ね、ひかるちゃんっ」
「……勝手にすれば」
「うん、ありがとう」

太壱がバッグからコンビニ袋を取り出し、おにぎりとパンがどっさりとでてきた。案外太壱はよく食べる。その割に太らず、引き締まった体をしている。
パンとおにぎりが次々と太壱の腹の中に消えていく中で、ふと目に止まったのはコンビニでよく売ってるロールケーキ。…しかもあたしがまだ買ったことのない期間限定バージョン。
性格が正反対といえるあたしと太壱の数少ない共通点が甘い物が好きだということ。あたしの視線がそこに留まっていることに気がついて、太壱はにっこりと笑った。

「ひかるにあげる」
「……あんたが自分に買ってきたんじゃないの?」
「ひかる、これ好きでしょ?だからひかるのために買ってきたんだよ」

と言ってあたしに差し出した。

「……ありがと」

ボソッと小さくお礼を言うと、太壱はまたうれしそうに笑うのだ。…どうしてこんなにもうれしそうにするのよ。ただお礼を言っただけなのに。
いつも、太壱はそうだ。時々調子に乗ってどうしようもなくあたしを苛々させるくせに、あたしを喜ばせる術を心得てる。太壱の笑顔を見るとあたしがいらついてるのがバカみたいに思えてしまう。
太壱から視線を外してロールケーキの袋を開け、一口ぱくついた。ストロベリー味だった。普通のホイップクリームもいいけど、これも捨て難い……。
ただ食べにくいのが難点だ。勢いよくぱくついてしまったので、クリームが唇につく。何も考えずに舌を出して舐めた。
ほどよい甘さを味わっていると、太壱の熱い視線が気になった。なんとなく言いたいことはわかるような気がしたので、食べかけのロールケーキを太壱に差し出した。

「食べる?」
「…うん、一口ちょうだい」

あたしが太壱に手渡そうとしたにも関わらず、太壱は私の手を掴んでそのままロールケーキに噛り付いた。
口元にクリームがついたのか、ぺろりと舌で舐める。あたしの顔を見ながら、官能的に。太壱がふっと口元を上げて笑みを作る。いつもの穏やかなものとは違った危険な笑み。
瞳はあたしだけを見つめて、誰にもその顔は気付かれない。

「…おいしいよ、ひかる」

小さくも甘い声があたしの耳元で囁かれる。
そしてわずかに欲望に陰った瞳で私にはわかった。この男はあたしを挑発している。しかも、この大学の食堂という、場所的にも時間的には不適切な場で!
あたしは恋愛に興味ないといっても清純なわけではないし、そっちのことは知っている。弟がいるせいか、太壱が昔から側にいるせいか知らないけど、なんだかんだで知識だけは豊富だ。あたしの友達は頼んでもないのに、皆おおっぴらに語ってくれたせいもある。
あたしはちょっとやそっとのことじゃ動じない。かわいい女の子なら頬を染めることかもしれないけれど、あいにくあたしはそんなタイプじゃない。
太壱はあたしを翻弄したいんでしょうけど、太壱が時々日常に織り交ぜてくる官能的な誘惑なんて、なんともないのよ!
美佳と早苗はあたしたちの間で繰り広げられている会話が聞こえていないので、呆れたような視線を感じた。

「ちょっと、何?やっぱりらぶらぶなんじゃなーい。あんまり見せ付けないでよぅ」
「ああ、ごめんね、川田さん。僕、ひかるのこと好きで好きでたまらないから…時々セーブできないんだ」
「あっまーい!二ノ宮くん、素ですごいこと言った!!」

きゃあきゃあと美佳が叫ぶ。隣の早苗に「うるさい」と注意されるまでその調子だった。
思うに、あたしと太壱の関係をまわりに誤解を与えているのは――こういった太壱の甘すぎる台詞な気がする。








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