Cool Sweet Honey!

18話

あたしと太壱は順番にシャワーを浴びたあと、ダブルベッドの上に向き合って座っていた。室内はほのかに明るく、静かだった。太壱はただあたしを見つめ続けてきて、あたしも彼を見つめ返す。彼の瞳はただ熱くて潤んでいた。

「・・・ひかる・・・」

太壱の想いすべてを注ぎ込んだかのように、あたしの名前を呼ぶ声には愛情がつまっていた。そして次の瞬間には唇が重ねられる。やわらかい感触と焼け尽くすような熱。あたしも太壱の首に腕を回して、夢中でキスに応えていた。
離れてはまた重ねて。どれくらいそうしていたかは分からない、あたしたちはやっと唇を離す。唇の濡れた様子がやけに生々しかった。太壱はそのままあたしを強く抱きしめてきた。あたしの頭はちょうど彼の胸の位置に当たり、どくどくどくと速い心臓の音が聞こえる。
あたしも確かに緊張してはいるけれど、太壱があたしよりも不安に思っているようだったから逆に緊張感が薄れた。思わず笑いが漏れてしまう。

「・・・何緊張してるのよ」
「そんな、だって。ひかるを抱くんだから当たり前だよ。それに・・・はじめてだし・・・」
「バカね、そんなのなんとかなるわよ」
「はは、ひかるは相変わらずかっこいいなぁ。そういうところも好きだよ。うん、大好き」
「知ってる」
「・・・・・・ねえ、痛かったらごめんね。下手くそで、余裕なくて・・・気遣ってあげられないかもしれない」
「もう、考えすぎないで。あたしはそんなに弱くない。だから心配しなくても大丈夫よ」

軽くキスをしてやると、太壱は嬉しそうににっこり笑って、「うん、そうだね」と頷いた。下手くそでも経験がなくても、そのおかげであたしが痛い思いをしても別に構わない。「あたしのため」を思って他の女で練習していたなんてふざけたこと抜かされるよりよっぽどいい。そんな男だったらあたしは絶対に許さない。
笑いあっていると緊張もほぐれていくようだった。何度か触れ合うようにキスを繰り返して、太壱があたしを抱きしめながら頬、額、指、手の甲、首筋・・・至るところに口付けを落とす。労わるようにやさしい感触。
太壱はあたしを静かにベッドに寝かせ、首筋からゆっくりと伝うように胸元に手を下ろしていった。今あたしたちはホテルにアメニティとしておいてある浴衣を着ている。だからはだけたところから胸へと手を差し入れることも容易だった。
彼の手があたしの胸に触れて、ブラを押し上げた。そしてそのままやんわりとやさしく揉まれた。一方の手では浴衣の帯をさっと解かれて、完全に前がはだけた形になる。ブラのホックがはずされて、浴衣から腕も抜かれた。今はもう上半身を覆うようなものはない。太壱はただ一心に、あたしに魅入られたように、熱いまなざしを送ってくる。

「・・・ひかる・・・綺麗だ。本当に、すごく」

恍惚としながら感嘆の声を上げたかと思うと、太壱は胸の先を口に含み、片方は手で揉みしだいていた。敏感なところを弄くり回されて、体が反応するのが分かる。声を上げそうになるのを我慢しながら、まだ浴衣を着たままの太壱が憎たらしくて、彼の帯を引っ張った。すぐに帯はほどけ、ただ羽織っているだけの無意味なものとなる。
太壱はあたしのしたことにたいして、面白そうに喉を鳴らすと、ぽいっと浴衣を脱ぎ捨てた。あたしの体の下に敷いてあったままの浴衣も、同じように床に落とす。太壱の引き締まった体が惜しげもなく現れて、ぴったりと体を抱きしめあうと互いの熱がより近くに感じられた。
「ひかる」、とあたしの名前を甘く、艶っぽく呼びながら体中にキスをして、愛撫する太壱。今は彼の手にも余る、あたしの胸に夢中のようで。最初は力加減が分からずおずおずとした様子が分かったけれど、今はもうなんとなく心得たような手つきだった。そこからの刺激にあたしは唇をかんで耐えていた。
太壱は顔を上げてあたしの様子に気がつくと、微笑んで唇にキスをした。

「ねえ・・・ひかるのかわいい声が聞きたいなぁ」
「い、や・・・よ」
「おねがい」
「・・・・・・っ」

そういいながら太壱は、まだ身につけたままになっていた下のショーツごしに触れた。新たな衝撃に体が震えた。「お願い」されると余計に太壱の望みどおりにしたくない。天邪鬼な性格がこんなところでも発揮されてしまって、太壱を睨みつけた。
彼はといえば、いつもの「王子様」みたいな笑顔で微笑み、今のあたしを大いに楽しんでいる。まあ、「王子様」にしては艶を帯びすぎていて、意地悪い色が見え隠れしているけれど。その間にも彼はあたしのショーツを取り去って、さっさと全裸にされてしまった。
太壱はあたしを見つめ続けているし、布一枚がないだけでこんなに羞恥が強くなるものだとは。そして今度は今まで触られることのなかった部分へと、愛撫を与えた。

「・・・んっ、はぁ・・・っ」

思わず、声が漏れた。太壱にも負けなくらい甘い声。しまった、と思ったときにはすでに遅い。太壱は「ようやく聞けたね」とうれしそうにあたしに囁いた。
おかげで負けたような悔しさを感じ、あたしの反抗心がむくむくと大きくなる。がばりと起き上がって、太壱に命じた。

「あんたもさっさと脱ぎなさいよ!」
「え?う、うん」

太壱は驚いた様子を見せたものの、素直にあたしの指示に従った。ボクサーショーツがなくなって、太壱もあたしと同じ状態になる。
おかげであらわになったものは出来るだけ見ないようにして、太壱に抱き着いた。太壱があたしにしたようにちゅ、と唇と舌で肌を伝いながら。耳を甘噛みしてやると、太壱が息を吐いた。でもまだまだ甘い。

「鳴け」
「へっ?」
「あたしに要求する前に、あんたが――」
「う、わーーっ!ちょっ、待った待った待ったー!!」
「なによ」

あたしが太壱のモノに手を伸ばしてそっと触れた時に、焦った太壱に手首をしっかりと掴まれた。太壱は頬を紅潮させて、ふーっと息をはいている。

「……ひかるにそんなことされたら、耐え切れないよ。そんなのあまりに情けなさすぎるし…。……それにね、今日は僕がしっかりとひかるを愛したいんだ」

太壱はそう言うと、あたしの胸の先をぺろりと舐める。そうして次の段階に進むために、あたしの体が熱でいっぱいになるよう、何も考えられなくなるよう、彼の宣言通りあたしをいっぱいに愛してきた。
すでに主導権は太壱に明け渡され、次第に反抗心も消え去りなすがままになっている。そのことに気がつきながらも、抵抗などできず言葉も出てきやしない。ただ甘い吐息が漏れでるだけ。それすらどうでもよかった。

熱くて熱くて仕方がない。一回頭が真っ白になった体験を味わったあたしは、少しぐたりとした。ああ、これが噂に聞く……とかそんなことをぼんやり思いながら。
静かな部屋に乱れた呼吸。かすれた声で太壱が「…ひかる」と呼ぶ。それすらも甘美な愛撫のようだ。彼も余裕はとっくになくなって、ただただあたしを欲しがっていた。額には汗が滲んでいる。

「もう、無理だ。ひかる……ひかるが欲しいよ……」

切望して、懇願する瞳。わざわざあたしに許可を求めるように訴えかけてくるのだから、まったくもって彼らしい。欲望のままに貫くこともできるでしょうに。
あたしは答える代わりに軽くキスをして、微笑んだ。なにもかも受け入れる覚悟は出来てるし、恐れることなんてない。太壱はあたしの許しを得ると、あっという間に入ってきた。余程切羽詰まっているらしい、とこんな時だけれど苦笑したくなった。
――太壱がはじめに宣言していた通り、あたしへの気遣いはもうできなくなってしまったようで。当然ながら痛かったし、やたらと荒かったし……。
それでもあたしを愛してるってことだけは十分わかった。今更ながらに太壱を失わなくてよかったと、彼が今まであきることなく想い続けてくれてよかったと感謝した。


***


「・・・っ、はあ・・・」

全てを吐き出した後、太壱は荒い呼吸をしながらあたしに体重をかけないよう頭だけを寄せてきた。ちょうど顔の下に太壱の栗毛色の柔らかな髪があって、あたしは手持ち無沙汰にそれをいじっていた。あたし自身も体がだるいような気がしているけれど、男のほうが体力を使うって本当なのね、と思いながら太壱の呼吸が整うのを待つ。
ゆっくりと太壱が落ち着いてきて、顔を上げあたしの頬を手で包みながら微笑みかけた。満足げで、晴れやかなとびきりの甘い笑顔。

「ひかる、好きだよ。僕は今、すっごく幸せだ」
「・・・うん、あたしもよ」
「体は大丈夫?」
「大丈夫よ。言ったでしょ?あたしはそんなにやわじゃないって」
「はは、そうだったね」

そして、じゃれるようにキスをして、深くなっていくキスを互いに求め合う。ふと唇が離れた後に、はっと何かを思い出したように太壱が突然起き上がった。

「危ない、大切なこと忘れるところだった」

ちょっと待ってて、と言い添えて太壱がベッドをおり、バッグを探ると何かを持って戻ってきた。

「誕生日おめでとう、ひかる」

あたしに手渡されたのは小さな四角形の箱だった。あたしと太壱はまた布団の中に入って二人で寝転ぶ。今年は何かしら。太壱は毎年、やけに気合の入った贈り物をしてくる。
確かにあたしも太壱に、誕生日にはプレゼントを渡してはいるけれどお金はそんなにかけていない。二ヶ月前くらいの太壱の誕生日は、「スニーカーがほしい」と買い物をしているときにぼやいていたので、そのまま誕生日プレゼントとして買ってあげた。あたしから太壱の贈り物はそんな簡単なノリだった。
太壱が今ここで「あけて」と目で要求してきたので、あたしは包装されているリボンから解いていった。そして、そこからでてきたのは・・・

「・・・指輪?」
「・・・そう。ひかるに、僕が贈ったものをしてほしくて」

太壱があたしの手をとって薬指にその指輪をはめた。シンプルなデザインで真ん中にあるのはたぶん、ピンクサファイアだろう。あたしが自分の指を見つめたあと太壱を見ると、照れくさそうに笑っていた。

「ねえ、ひかる・・・。ひかると想いが通じ合ったときから考えていたことがあるんだけど・・・聞いてくれる?」
「ん・・・なに?」
「ひかると僕は幼い頃から自然と側にいて、僕は君のことがずっと好きだった。だから今はすごく幸せで・・・片時も離れたくなくなった。それにね、思ったんだ。僕はひかるのいない未来なんて考えられない。ひかるとずっと側にいたい・・・。ひかると結婚したい」

――結婚?太壱の言葉が意外すぎて、あたしは何も言葉が出なかった。太壱は、指輪をはめた左手の薬指に恭しくキスをした。

「・・・ひかる。5年前の”約束”はもう終わったけれど、これから先の新たな”約束”をさせて欲しいんだ。僕はこれからずっと、5年先も10年先も、何十年先だって君を愛し続けると誓うよ。だからそのために――”結婚”という約束をさせてほしい。君を愛し続ける権利を与えてほしい」

あたしを見つめる、真摯な瞳。その中には期待と不安が入り混じりながら、大きな決意があった。
結婚だとか、あたしは真剣に考えたことはなかった。今まで恋愛なんて好きになれなかったし、考えられなかったから。でも太壱の言うことは・・・なんとなく理解できた。あたしだって、隣に太壱がいない未来を想像なんてできなかったし、彼以外の人と結婚するとも考えられなかった。だってあたしはそもそも男は嫌いなわけだし、好きになる確率は限りなく低い。
今のあたしは太壱と一緒にいたいと思ってる。”結婚”は互いに互いを縛る”約束”だ。相手を独り占めしたいと、自分のものだと示したい気持ち。
あたしはそう考えて、思わず笑ってしまった。結局あたしも太壱と同じことを考えてる。

「”約束”ね・・・。あんたは本当にそれを守れるのかしら?」
「もちろん!いつまでも、死ぬまで僕はひかるが好きだよ」
「じゃあ、あたし以外にキスすることも抱くこともしないって約束して。他の女に手を出したら許さないわよ」
「うん・・・僕はひかるさえいれば十分なんだ。君以外いらない」

あたしは5年前と同じ言葉を繰り返す。同じような”約束”だけど中身は全く違う。あの時は何もかもが信じられなかったけれど、今なら信じることができる。
太壱も5年前を思い出しているんだろう。あの時と今を比べて、その違いに二人で笑ってしまった。太壱があたしの体を抱きしめてきて、あたしも彼を抱きしめ返す。互いの肌が触れ合って暖かい。そうしていると、太壱がポツリとつぶやいた。

「僕たちの両親は許してくれるかな?学生結婚・・・」
「なに不安になってるの?あたしたちの両親のことはあんただって重々承知じゃない。反対なんてするわけないわよ」

あたしと太壱の親はずっと昔からあたしたちの結婚話で盛り上がっていたから、むしろ大喜びだろう。親の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。あたしの親は母さんが16のとき婚約、高校卒業後には結婚してしまったし、太壱のほうだって美咲さんが大学卒業してすぐの22歳、しかも出会って数ヶ月で結婚した。
両家とも結婚時の母親の年齢は若いし、結婚に関しての考え方はゆるい。だから学生結婚だろうとなんだろうと構いやしないはずだ。逆に太壱との結婚に反対されることのほうが驚きだった。
太壱はあたしの言葉にあたしたちの親の性格を思い出したのだろう、笑顔で「そうかも」と頷いた。
そして、突然あたしの唇へとキスを落とす。

「ねえ、ひかる・・・・・・まだまだ、全然足りない」

太壱は熱心に「自分のもの」だと証明するように、あたしの胸元へ赤く色づく痕を刻んでいる。彼が顔を上げれば瞳には熱がこもっている。それも当然かもしれない。あたしだってまだ十分に満たされるには足りない気がするもの。

「あたしがほしいの?」
「うん、ものすごく」
「そうねぇ、じゃあ今度はあたしが愛してあげるわ」

誘うように笑いかけると、太壱も同じように微笑した。そしてどちらからともなくされたキスから、また全てが始まっていく。

――あたしは中学生の頃、大人になれば何かが変わると思っていた。変わっていない部分は多いけれど、たしかに変わったものは一つ。
5年前した「約束」は終わりを告げ、これから続いていく新たな「約束」はあたしたちを繋ぐ甘いものになる。







2010・3・9 「Cool Sweet Honey!」本編(完結)
次回からは太壱サイドをお送りします!


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