Cool Sweet Honey!

14話

次の日は太壱とのキスで戸惑いを隠せないまま学校に登校した。とりあえず太壱と一緒に学校に行ったけれど、やはり気まずい。太壱も口を開くことはなかった。
あたしと太壱の教室はまず、階が違う。だから階段のあたりで別れて、あたしは一人教室に向った。
いつも通り教室のドアを開けると、空気がぴりぴりとしておかしいことに気がついた。あたしが入っていくと、みんなの視線があたしに注がれる。なんだろう、この空気は・・・いやなかんじ。
自分の席に着くと、隣の席にいる友達の由希子がこそっと耳打ちしてくれた。

「ひかる・・・やばいよ。変な噂が出回ってる。相原さんたちには気をつけたほうがいいよ・・・」
「・・・どういうこと・・・」
「神崎さん、ちょっといい?」

そこにちょうど相原さんたちが目の前に立ちはだかった。威圧感たっぷりに、あたしを見下ろす。
この集団はあたしに太壱のことを頼んできた子達だ・・・。すぐにこれが太壱がらみの「恋愛」の話だと直感した。なんて面倒でうざったい話だろう。あたしを巻き込まないで欲しいのに。
あたしは彼女たちに気づかれないように、ため息をついた。

「・・・なに?」
「昼休みの時間、少し話がしたいの」
「・・・今じゃだめな話?」
「うん、ちょっとね。長くなるかもしれないし」
「・・・わかったわ」
「ありがとう、またあとでね」

・・・全く・・・話って一体なんなんだろう・・・。相原さんたちが自分たちの席に戻る姿を見ながら疑問に思っていた。
すると由希子が「ひかる」と暗い顔をしながらあたしを心配そうに見ていた。そういえば噂がどうとか言っていたっけ。

「大丈夫?私も一緒についていったほうがいい・・・?」
「大丈夫。別に何かされるわけでもないだろうし、怖くないわ。それより、噂って何?」
「う・・・ん。なんかメールで出回ってるらしいの。私のところへは来なかったけど、みんなそんな話をしてて・・・。多分、二ノ宮くんがらみだよ。相原さん、二ノ宮くんのことねらってるみたいだし」
「うん・・・あたしもそう思う」
「気をつけてね。私はひかるの味方だからね!」
「ありがとう」

噂がどんなものか知らないけれど、決していいものではないはずだ。それは今のクラスの雰囲気からも良く分かる。男女ともに嫌な空気だ。
まあ、どうせ昼休みに相原さんたちから直接噂について聞かされるだろうから、それまで気にしないことが一番。あたしはやましいことなんてしていないんだから。



***


その日の昼休み、弁当を食べ終わると早速相原さんたちに呼び出された。教室棟とは別校舎の、理科室に。彼女たちの空気はどう見ても刺々しい。さっさと用件を終わらせたかったから、早く口を開いてもらいたい――あたしのそんな要望を知ってかしらずか、相原さんはすぐに本題に入ってくれた。

「この前、二ノ宮くんとは付き合ってないって、彼とは何も関係ないって言ってたよね?」
「そうよ」
「私たちに協力もしてくれた。それなのに嘘ついて、発言とは違うことしてるってどういうこと!?最低だと思わないの?!」
「・・・何のことを言ってるの?・・・詳しく説明して欲しいんだけど」
「しらばっくれないでよ!昨日二人がキスしてるところを見たんだからね!」

――昨日のキス。相原さんは激昂しながらそう言った。
反対側のホームには確かに同じ高校の人たちがいた。電車がすぐ来たから隠れたように思えたけれど、あれを見られていた――?
あたしが戸惑っているのを見て取って、さらに彼女たちは興奮して、罵倒の手を緩めなかった。

「それともなに?好きでもない二ノ宮くんにキスを許すなんて、彼じゃなくて、キスがそんなに好きなの?」
「あっ、そうか。そういう人もいるよねぇ!キスとか、えっちとかするのが好きな人。カレカノじゃないのにえっちするんだよ。そういうの、なんていうんだっけ?」
「セフレだよ。やだ、あの二ノ宮くんをそんな風に落とすなんてサイテー。体だけなんてかわいそう、二ノ宮くん!」
「でも、納得しちゃうよね。神崎さんの体エロいもん。きっと誘惑したんだよ。いいなあ、誘惑出来ちゃうだけの体があるなんて羨ましいよね〜」
「言えてる〜。どうやったらそんなにエロくなれるんですかー?ってね!」

あははは、と彼女たちの嘲笑する声が響く。
――気持ち悪い。バカらしい。彼女たちは一体何が楽しくて笑っているんだろう。
人のことを侮辱して笑うなんて随分趣味のイイこと!
あたしは冷え冷えとした感情を持って彼女たちを見た。あたしは昔から「恋愛」が理解できなかった。中学生になるとみんな意識しはじめるようだけど、あたしは無関心だった。告白されてもそれはあたしが断ればいいだけで、「恋愛」など関係なかったから。
だから「恋愛」という問題に直面したのはこれが初めてだったのだ。それが、どんな問題を孕み影響を与えるのか知ったのもはじめてだった。
これが「恋」した者の姿なわけ?嫉妬して、人を貶めて、自分勝手な理屈をこねて、ひどく醜い。ただ人の足を引ってるだけ。そして恋した相手の側にいる人物が気に入らないなんていう、妬む気持ちと独占欲が働いている。
本当に、最低。
彼女たちを見て思った。ああ、「恋愛」というものはこんなものなのだと。人を好きになるってことはこういうことなのだと。人を傷つけ傷つけられる。自分を見失いがちになるもの。
「恋愛」なんてするもんじゃない。誰かを「好き」になんてなるもんじゃない。彼女たちみたいにならなくてはならないのなら、あたしはしたくない。
そして――あたしがこの体で太壱を誘惑した?いつ?ばかばかしい、そんなことするもんですか!
何も知らないくせに、勝手なことを!あたしはその方面に興味はないし、卑しい女じゃない。確かに体だけは同年代の子よりも成長して、胸は今でさえDカップあるのに、まだ成長している気がするけれど。
だから、なに?あたしが望んだわけじゃない。
それに、太壱と妖しい空気になったことはなかった。彼があたしに性的欲求を感じてるなんてこと、考えたことがない。
太壱は太壱。ただそれだけで、いつも側にいる存在。あたしにくっついて、幼い頃の延長のように「好き」と言ってくる――それが彼だった。
こんなふざけた暴言、聞いていられない――そう思って彼女たちの耳障りな笑い声を消すべく、椅子を蹴り飛ばした。がん!と大きな音が教室内に響く。その音に驚いたのか、彼女たちの高い声が止んだ。

「話がそれだけならあたしは帰らせてもらうけど」
「・・・っ!なに?かっこつけちゃって!否定もしないわけ?あ、それともホントのことだから否定もできないだけ?」
「あなたたちに否定しても意味ないもの。どうせあたしの否定を受け付けないんでしょ。だから無駄なことはしたくないのよ」
「はあ!?何そのバカにした態度・・・っ」

バカにしてるんだから当たり前じゃない。そう心の中で悪態付きながら、彼女たちの騒がしい声を後ろに聞いて理科室をでた。
本当にイライラする。気にしないと思っても、彼女たちの勝手でふざけた罵倒だとわかっていても、さすがに胸が痛んだ。他の子とは違う、発育のよすぎる体。彼女たちはあたしのコンプレックスを見事についてきた。
どうして外見のことで、あたしの性格や行動を決め付けられなくちゃならないの?どうしてあんな罵詈雑言を浴びなくちゃならないの?――あたしがなにをしたっていうんだろう!

「ひかる・・・!」

むしゃくしゃしているあたしが階段を降りているとき、太壱が息を切らしてあたしの前に現れた。真剣な表情をして、突然現れた太壱に少し驚く。

「なに?どうしたの?」
「ひかるが呼び出された・・・って、横井さんに聞いて・・・」
「由希子・・・心配しなくていいって言ったのに」
「ねえ、大丈夫だった?」
「当然よ。あたしが負けるはずないじゃない」
「そっか・・・よかった・・・」

太壱が安堵したように微笑んだかと思うと、すぐに顔を引き締めてあたしを見やった。そして視線を逸らし、言いづらそうに口を開く。

「・・・友達から聞いたんだ。ひかるが呼び出されたのも、僕が昨日したことが原因なんだよね・・・?ごめんね、絶対誤解をといて僕が何とかするから・・・!だってひかるは何も悪くないのに・・・僕が」
「気にしないでいいわよ。これはあたしの問題。それに太壱が何を否定したって無駄よ」

太壱が何を言ったとしても、彼に恋する彼女たちはあたしを貶めたいのだから意味がない。真実であろうとなかろうと、真実らしく見えればいいのだ。人の噂は一度広まったら信じられないくらいのスピードで広まっていく。あたしはそれが落ち着くまで待てばいいだけ。
ただ、こんなにも意地の悪い行いをして、肝心の太壱にどう思われるのか彼女たちは考えないのかしら。それが疑問ではあるけれど。
あたしの言葉に太壱は応じかねるらしく、「でも・・・」と言い募ろうとしていた。彼があたしを守ろうとすれば、彼女たちの神経を逆なでするにちがいない。それだけは御免だった。

「あんたが・・・っ」

――あたしの側にいなかったら、ややこしいことにならずに済むの!――
そう、口に出しそうになって思いとどまった。だめだ。こんなことを言ったらあたしのためを思って、太壱は本当に距離を置くに違いない。太壱が自分で自分を責めることになる。
冷静を失いかけて、とんでもないことを言いそうだった。そして呼吸を落ち着けてゆっくりと言った。

「本当に大丈夫だから・・・あたしのことはほっといて」

太壱が心配そうにあたしの顔をうかがっていた。あたしは彼の横を通り過ぎ、自分の教室に戻った。








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