Cool Sweet Honey!

13話

――あたしと太壱は同じように中学受験をして、私立中学に通っていた。
中学生になると男女を意識するようで、やたら恋愛話が飛び交っていた。誰々と誰々が付き合っているだとか、誰々が告白しただとか。
あたしと仲のいい友達の間でも「1組の竹中くんがかっこいい」や「私は3組の榊原くんが良い」などと、男子の話題が多かったけれど、あたしは相槌を打つわけでもなくただ聞いていた。
正直、男子をかっこいいとも思わなかったし、恋愛にも興味がなかった。何でそんなにもいきいきと男の話をできるんだろう、と不思議にさえ思っていた。
そして友達の話の最後は決まって、

「でもやっぱり二ノ宮くんが一番イケメンだよねー!」

で締めくくられた。それからは当然、幼なじみであるあたしに話題が吹っかけられる。

「ねえ、ひかる。二ノ宮くんとなんで付き合ってないの?」
「かっこよくて、優しくて、頭もよくて、スポーツもできる。最高じゃん!」
「ホントだよ。ひかるとお似合いなのに!もったいない、二ノ宮くんは絶対気ィあるって」

幼なじみの宿命というか、必ずあたしと太壱との関係を問いただされた。あたしはうんざりしながら、「絶対ないから」と否定していた。
あたしは本心から太壱を意識したことはなかったのだ。昔から側にいて、あたしのことを「好き」と言う太壱の言葉にも心動かされることはなかった。
だってそれはもう、日常に溶け込んでしまうくらい普通のセリフ。そして太壱の「好き」の言葉も、恋愛感情を理解できないあたしには全く意味を成さなかった。
だからいつも太壱の言葉を聞きながら受け流していた。

「ひかる、帰ろう」

あたしと太壱のクラスは3年生になって別れた。けれど二年間は同じクラスで一緒に帰っていたので、その流れで3年生になってからも、自然と太壱と一緒に登下校していた。
その日は太壱があたしに聞きたいことがあるようで、ちらちらとあたしを伺いながらため息をついていた。さっさと言いたいことがあるなら言えばいいのに。

「何よ、なんか用?」
「・・・あっ、えっと・・・。あの、さ・・・・・・竹中に告られたって本当?」
「ああ、そのこと」

竹中というのは、あたしの友達によれば太壱と人気を二分するイケメンらしい。サッカー部で女の子受けが良さそうな、いわゆるジャニーズ系って感じ。委員会が同じでちょっと話したことがあるだけなのに、なぜか最近告白された。
それもすぐに広まってるってことね・・・。うんざりするほどこういう恋愛がらみの情報は早い。一体どこから漏れるのか不思議で仕方がなかった。

「・・・それで?」
「それで、って?」
「ひかるはどうしたの?・・・付き合うの?」
「あたしが?まさか。断ったに決まってるじゃない」
「・・・そっかぁ」

太壱がほっとしたように、そして笑顔を浮かべた。何をそんなに重々しい表情で聞きたかったのかと思えば、こんなこと?

「告白の事を言うなら太壱だってそうでしょ?いろんな子からされてるじゃない、付き合わないの?」

あたしが何気なく言うと、とたんに太壱の表情が曇る。あたしをじっと見つめて、苦しそうに唇をかんでいた。・・・何かおかしなことを言った・・・?不安を感じながら、あたしも彼を見ていた。
そしてすぐに、強張った顔を緩めて、やんわり微笑んだ。

「だって僕が好きなのはひかるだから。ねぇ、好きだよ。好き」
「ふぅん」
「ああ、もう!相変わらずつれないなぁ。信じてないでしょ、ひかるは!」
「あんまり」
「やっぱり!」

こうやって、あたしは太壱の本心を知ることはなくあしらっていた。あたしには分からなかったから。人を好きになるということが。ずっと側にいた彼を「男」として意識するということが。



***


「神崎さん、ちょっといいかなぁ」

ある日突然あたしに声をかけてきたのは、同じクラスの相原さんを初めとする数人の集団だった。相原さんは少し派手な印象を与えられる容姿の子で、それでも「かわいい」女の子だ。
同じクラスといっても、そもそもグループが違ったから話したことはあまりない。だからあたしに一体何の用だろうといぶかしんだ。

「神崎さんって本当に二ノ宮くんと付き合ってるわけじゃないんだよね?」
「・・・そうだけど・・・」
「じゃあ、二ノ宮くんと私たちが話せる機会作ってくれないかな・・・」
「・・・なんであたしに・・・?」
「二ノ宮くんとはクラスが違うし、話せるタイミングがないんだよねぇ。突然話しかけてもおかしいじゃない?だからきっかけでもいいからお願いしたいの」
「・・・はあ・・・」
「それともやっぱり、二ノ宮くんを取られるのはいや?」
「別に・・・一回だけならいいわ。めんどくさいから後は自分で何とかして」
「うん、それで十分!お願いね、神崎さん」

相原さんは嬉しそうに笑って去っていった。あたしは大きなため息をつかずにはいられなかった。
彼女が太壱のことは「好き」なのは明らかだ。そして「好き」だから「話したい」という願望を、あたしに頼んでまで満たそうとする行動力は、すごいなと思った。あたしにはその恋の力が全く信じられない。
きっとあたしが断ったら断ったらで非難されるにちがいなかった。彼女の表情や雰囲気からそれを察することができたから、めんどくさいけれど了承した。
そして了承してしまったからには実行に移さなければならない。計画は単純明快で、あたしが太壱を呼び出したあと、相原さんたちに声をかける。相原さんたちと太壱が話し始めるのを見計らってあたしが姿を消す、というものだ。
計画は上手くいった。太壱を呼び出すのは簡単だったし、相原さんたちは自己紹介を済ませてしまうと、巧みな話術で太壱を会話に引っ張り込んでしまったから。
自分の役目を果たしてしまうとさっさとあたしはその輪から抜け出した。抜け出すときに太壱と目が合って、彼が戸惑いと悲しみを感じていることがわかってしまって・・・少し罪悪感を感じた。罪悪感。あたしが当時感じたのは確かにそれだけだった。



***



しばらく太壱は何かを考えるように、口数が少なくなっていた。彼はあたしと話す間もなにか焦燥感を覚えているようだった。
学校終わりの駅のホームであたしたちは電車を待っていた。いつもは太壱が話題を提供してきて待ち時間はすぐ経ってしまうように感じられるのに、今日ばかりは長く感じられる。
あたしたちのいるホームにはあまり人がいないけれど、反対側には同じ制服の集団がいた。1,2年生は部活をしているだろうから、ほとんどが3年生だろう。
そして、それまでほとんど無言だった太壱が沈黙を破った。

「・・・ひかる・・・相原さんたちとは仲がいいの・・・?」
「え?」
「この前一緒にいたでしょ・・・。でも途中でいなくなっちゃうし、僕、本当に困ったんだからね」
「相原さんたち、話し上手いから困ることなんてなかったと思うけど。それにあの時は仕方なかったのよ」
「・・・っ。僕は・・・」
「あ、電車来たわよ」
「・・・ひかる」

まさか太壱に相原さんたちのことを問われるとは思わなかった。そんなに気にすることないじゃない。ただあたしは彼女たちに頼まれて、きっかけを作っただけなんだから。
電車の先頭部分が遠くに見える。やっと長い待ち時間は終わった、とあたしは安心していた。
太壱はあたしの答えに満足している様子はなく、いっそう切なげに苦しげに顔をゆがめていた。けれどあたしの視線は遠くに注がれていて、彼の表情を気にすることはなかった。
だから次の太壱の行動もあたしには予想もできなかったこと。
電車があたしたちを通り過ぎる直前。あたしの眼前には太壱がいた。そして――唇に温かいものが触れる。
がたんごとんと徐行した電車があたしたちの前を過ぎた。そのときは一瞬だった。今のはなんだろう――真っ白になった頭。
太壱もすぐにあたしから離れて、自分がしたことに驚いているようだった。口をおさえてあたしから視線を逸らす。

「・・・っ!ごめん・・・」

太壱は本当に小さな声であたしに謝った。けれどあたしにはその謝罪の言葉も、しっかりと聞こえていなかった。
停車した電車のドアが静かに開く。二人して無言のまま乗り込み、ドアの近くで駅に着くまで立っていた。太壱も何も言わない。あたしも何も言えない。さっきの出来事があたしを混乱の渦に誘(いざな)った。
――キス?どうして?どうして太壱が――
わからない。太壱がこんな事をした理由が。これは恋人にするもので、幼なじみであるあたしにすべきものじゃない――ただそれだけが、あたしにも分かっていること。
一体何が起こってるっていうの?どうしていきなりあたしにキスをするの?疑問符ばかりが浮かんだけれど、太壱に聞くことも出来なかった。それくらい動揺していたから。そして太壱に聞いたとしても、そのときのあたしは上手く理解できなかっただろう。


――この初めてのキスが全ての始まり。このキスが引き起こす事態を、そのときのあたしたちは予想すらしていなかった。









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