Cool Sweet Honey!

11話

――全て・・・終わりにしよう――
太壱の一言であたしと太壱の曖昧な関係は終わりを告げた。
もう約束に縛られない。あたしが太壱にキスを許すことも、体を捧げることもないのだ。
・・・よかったじゃない。あんな関係はやっぱりおかしかったんだから。普通の幼なじみに戻ればいいのよ。
でも――本当に「幼なじみ」に戻れるのだろうか?
太壱はもうあたしに用はない。今まであたしにくっついてきたのはあの約束があったからに過ぎないのだから。
「約束」が無効になれば・・・太壱はあたしの側にはいなくなる。あたしと「約束」から解放されて、晴れて自由に女の子と付き合うことができるのだ。
もう不自由に、我慢することはないもの。もう太壱に制約はないんだもの。
太壱はモテるから、すぐに彼の隣に立つ女の子が現れる。きっと、すぐにあたしのことはどうでもよくなるわ。
そう考えるとあたしは喪失感でいっぱいになった。終わりがこんなにもむなしいものだなんて、思わなかった。そして、ずきずきと胸が痛い。
太壱があたしに嘘をついていた。あたし以外の子とキスをした。あたし以外の女の子を抱いていたなら――あたしのことを好きなわけがない。
あたしの最も軽蔑する振る舞いだ。好きでもないくせにセックスだけはしたがって、あたし自身のことはどうでもよくって・・・やることしか頭にない男は嫌い。大嫌い。
あたしはあんたたちが好むような軽い女じゃないのよ。寄ってたかって本当にウザい。だから基本男は信用していない。
でも太壱だけは――太壱だけは違うと――あたしは信じていたかった。
その気持ちだけは・・・あたしは認めざるを得なかった。

電車に乗って、自宅マンションに近い駅で降りるまであたしはぼうっとしていた。考えるのにも疲れていた。何とはなしに空を見上げる。けれど電灯や店の光がありすぎて、星が見えないことに失望した。
なんだか、それが気にかかるほど随分感傷的になってしまってる。

「ひかる」
「航・・・どうしてあんたがここに?」
「んー?何か食べたくなってコンビニに来たの。そしたらひかるを見つけたから」

改札口を通ってぼんやりと突っ立っていたあたしを呼んだのは、弟の航貴だった。航貴はあたしのそばにやってきて、にこにこと微笑んでいる。
彼の手にはコンビニの袋があって、確かにコンビニには行ったのだろうと思った。だけど駅近くまで来なくても、家に近いコンビニがもうひとつある。
だから・・・航貴はあたしをわざわざ迎えに来たのだ、きっと。

「・・・太壱ね」
「ん、なにが?」
「太壱が航に連絡して、迎えに行くようにいったんでしょう?じゃなきゃ、航がここまで来る理由はないもの」
「さあね。僕の気分かもしれないよ」
「・・・そういうことにしておくわ」

ふ、と思わず笑ってしまった。相変わらず心配性なんだから。あっさり車で送ることを諦めたと思ったら、こういうこと。
心配なんかしなくてもいいと言ってるのに。もうやさしくして欲しくないのに。
あんなことがあった後にもかかわらず、太壱のさり気ないやさしさを見つけた気がして、あたしはまた胸が締め付けられた。
あたしと航貴は家までの道のりを黙々と歩いていた。あたしは何か話す気分でもないし、航貴もそんなあたしの様子を察しているようだった。
それでも航貴はあたしの様子が気にかかったのだろう。単刀直入に聞いてきた。

「太壱となにかあったの?」
「・・・・・・べつに・・・・・・」
「ひかるのべつに、はあてにならないからね・・・。太壱の様子もおかしかったし、あの太壱がひかるを一人で帰らせることも・・・驚いたんだよ。親以上に過保護だからね、太壱は」
「・・・バカみたい。あたしは大丈夫よ。そんなに弱くないし、守ってもらわなくてもいいわ」
「それでもひかるは女の子だから、心配してしまうのが男ってものだよ。どんなにバカげていてもね」
「・・・・・・もう太壱があたしを心配することはないと思うわ」
「・・・ひかる?」
「もう・・・何もかも終わったのよ」

太壱がこれから先、心配して守って甘やかす女の子はあたしじゃないから。彼があたしに触れることはもうない。抱きしめることも、キスをすることもない。
それは、あたし以外の誰かのもの。

「ひかる、泣いてるの?」
「・・・泣いて、なんか・・・っ」

否定しようと思ったのにできなかった。いつの間にか涙が伝ってた。
泣いているという事実を理解すると、止まらなくなる。何の涙だろう、これは。
あたしは滅多に泣かないのに。そんな、弱弱しいはずないのに。

「・・・ひかるは昔から泣かなかったからね。僕とひかるで姉弟喧嘩することもなかったし、叱られるようなことも滅多になかったし・・・。・・・その代わり太壱を二人で泣かしてたけど」

太壱の奴、面白いくらいいじめ甲斐があったもんね、と航貴が楽しそうに話している。あたしはくすりと笑って航貴に頷いた。
あたしと航貴と太壱、3人で遊んでいたときのように、子供のままだったらこんなに悩まなくてもよかったのに。大人になっていくうちにめんどくさいことばかりが現れてくる。恋愛もその一つ。あたしにはよく分からないし、愛だとか恋だとか、そんなことを考えるとそれが呼び水となって、嫌な思いが蘇る。

「わ、ひかるの手、冷たいよ」
「冬だからしょうがないわよ」
「じゃあ久しぶりに手つないで帰ろ。僕、体温高いしね」
「・・・ほんとね」

航貴と手をつないであたしたちのマンションまでしばらく歩いた。航貴は太壱の話題はもう切り上げて、他の話を明るく話していた。
あたしは弟の気遣いに安心して明日からのことは考えないようにした。明日からはもう――今までどおりで良いわけがない。



***



次の日、あたしはいつもより朝早くに起きた。大学には電車とバスを使っていこう。そう思っていた。
太壱と一緒に車で通うなんて、今のあたしにはできそうにない。できるだけ太壱に会いたくなかった。彼に会うとなんだか苦しくなるから。
おかげで30分も早く起きなければならなくなった。いつもとは違う時間にあたしがリビングにやってきたから、母さんたちには驚かれてしまった。
母さんは父さんの世話をせっせと焼きながら、あたしに微笑んだ。

「おはよう、ひかるちゃん。今日は早いんだね」
「おはよう。・・・今日は電車で行くつもりだから」
「どうして?太壱くんと何かあったの?」
「・・・・・・いろいろと」
「いろいろ?」

母さんがまだまだ若くてかわいさのある顔で首を傾げた。しまった。こんなこと言ったら母さんに追求されるに決まってるのに。親に話せるようなことじゃない。
あたし自身、何をどう言ったらいいのかわからない。母さんがすぐ朝ごはんを用意してくれて、味噌汁を飲み下しながらそう思った。

「・・・ほうっておけよ。自分たちで何とかするだろうさ」

と、父さんが母さんの聞きたそうな素振りとあたしの苦々しい空気を察して言った。あたしはその一言に大いに感謝した。さすがよくわかってる。
母さんも父さんに言われてこくんと頷いた。多分母さんも、あたしに尋ねても答えが返ってこないことを察したんだろう。すぐに明るい笑顔で他愛もない世間話を始めた。
それから航貴と駿も順々に起きてきて、準備を終えたあと家を出た。


1限は美佳と早苗も同じ講義で、二人は早く来ていた。二人はあたしが一人でいることに驚いて見せた。

「あれ?今日は王子と一緒じゃないの?王子もとってるよね?」
「・・・まあね。後で来るんじゃない?」
「ど、どういうこと!王子が風邪とかひいたわけじゃなくてわざと?喧嘩?」
「・・・喧嘩・・・じゃないけど・・・」
「だってひかるちゃんと王子が一緒にいないなんて一大事じゃない!どうしたの?あ、まさかあのバイトの子が原因?ほら、だから言った通り!だめだよ、ひかるちゃん。王子と仲直りしなきゃ・・・!」

朝から少しイライラしていた。だからいつもなら簡単にあしらえる美佳の言葉に、あたしはついかっとなった。

「太壱とあたしはもう何の関係もないの!あたしは太壱と一緒にいたくないのよ!わかった!?」
「・・・ひ、ひかるちゃん・・・」
「・・・もう、バカ美佳・・・。煽るなって・・・」
「ごめぇん・・・」

美佳は気まずそうにして、早苗は彼女にあきれたように頭をおさえている。なに?どうしたわけ?
あたしは、座っている二人が視線を送っている・・・ちょうどあたしの後ろを振り返った。
すると、美佳と早苗が気まずくしている理由が分かった。あたしの後ろには・・・太壱がいたから。
タイミング的にあたしの言葉が聞こえたに違いない。――どうしよう。聞かれてしまった。あたしは思わず緊張して、嫌な汗が背を伝うような感覚に陥った。・・・謝る?ううん、謝るなんておかしい。
太壱は穏やかに笑みを作った。何も聞かなかったかのように。それでも、傷ついた色が・・・あたしには分かってしまった。

「・・・おはよう」
「・・・・・・うん」

すぐに太壱はあたしの横を通り過ぎて、彼の友人が待つ席に行ってしまった。太壱は今、友人と笑顔で楽しそうに話している。傍目には何も変わらないように見えた。

「・・・ひかるちゃん?あ、あの、ごめん・・・ね?あたしがああやって問い詰めちゃったから・・・」
「美佳のせいじゃないわよ。・・・あたしが言ったことは嘘じゃないし・・・」
「・・・ひかる・・・」
「何も問題ないの。美佳、早苗」

そう・・・何も問題などない。あたしは太壱を避けようとしていた。これで彼も、近づこうとは思わないだろうから。





2010/2/13


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